現状を変えたいけれど、変えられない…ということがある。
自分の現状に問題があって、それを変える必要があると頭で認識しているのだが、変えようとしても変えられないのだ。変えられないという事象には、理由がある。これらの理由を理解することで、認知の歪みを正せば、現状を(これまでよりは容易に)変えることができるようになると思う。
?
今回は、人が現状を変えられない理由について書いてみたい。
▼ 現状維持バイアスの問題
まずは、現状維持バイアスの問題だ。
「まあ、今のままでいいか」と考えてしまうバイアスです。
出典:Diamond Online
現状を維持したいという気持ちは、誰にでもある。現状に不満はあっても、その程度の不満は、何をどう変えても常に存在するものなので、わざわざ(現状を変えて)未知のカオスに飛び込む必要はない…とする気持ちだ。したがって、自分の現状をそこそこだと思っている人や(安定志向が強くなり)チャレンジ精神を失った人には、このバイアスが強く働く。
また、自分の現状を変えたいと思っている人にも、現状維持バイアスは働く。現状を変えることには、リスクがあるからだ。漠とした心配や不安、現状より悪くなるのではないか…という恐れも当然ある。この恐れやリスクを上回る気持ちがなければ、現状維持バイアスを乗り越えることができない。
・損失を回避したいという気持ちがある
人には損失を回避したいという気持ちがある。
同じ金額のものを失う悲しみをより強く感じるというものです。
出典:Diamond Online
損失を避けたいのは当たり前だが、同じ金額の損得であれば、人は「損」の方により強く反応してしまうのだ。たとえば、1万円得ることと1万円失うこと…どちらが感情のブレ(方向が逆なので絶対値で考える)が大きいだろうか?
少し考えればわかるが、感情のブレが大きいのは、1万円失うことの方だ。
1万円得た喜びはすぐに消化されるが、1万円損したダメージは、尾を引いてなかなか消化されないのだ。ほめられたことはすぐに忘れてしまうが、人格を中傷されたら、(その相手に対し)恨みや嫌悪感がいつまでも残りやすい…ということと同じだ。
したがって、現状を変えることで損をするかもしれない…と考えると、現状維持バイアスを乗り越えることは難しいだろう。逆に言えば、現状を変えることのできる人は、「変えることで得になる」と考えているということだ。たとえ根拠が薄くても無くても、そう考えているのだ。
▼ サンクコストの問題
サンクコスト(埋没費用)の問題については、これまでも何回か書いてきた。
この記事では、恋愛におけるサンクコストを取り上げたが、恋愛にかぎらず、サンクコストは意思決定の場面につきものだ。たとえば、キャリアチェンジする場合だ。アメリカの起業家には、大学の中退者が少なくない。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグなどは、その代表だ。
日本であれば、有名大学に入って中退すると、親やまわりから「もったいない」と言われるだろう。これは、(ひとつには)親がそれまでに費やしたコストを考えているからだ。
子供がその大学に入ることを(ある意味)人生の目標にして、幼い頃から努力してきたのであれば、入学するまでに大変なコストがかかっていることになる(それに入学金やそれまでの授業料、浪人したのであれば予備校の費用+時間がプラスされる)。そのコストを考えれば、中退するなどナンセンスという思いから出る言葉だ。
ではなぜアメリカの起業家が、比較的簡単に中退をするのかというと、その大学に入ること(及び卒業すること)を人生の目標になどしていないということがひとつ(サンクコスト小)、そして、サンクコストを意思決定に反映させてはいけないと知っているからだ。したがって、大学生を続けるより良い選択肢があると確信すれば、簡単に中退するのだ。
※大学の中退を勧めているわけではありませんよ(笑)。
・サンクコストが生死を分ける
もうひとつサンクコストの例を挙げよう。文字通り生死を分けるサンクコストの例だ。
エベレスト(8848メートル)の登山には、ガイド付きの商業ツアーがある。費用は高いもので、日本円にして1千万円程度かかる。ある登山家が10年かけてこの費用をため、休職してこのツアーに参加したとしよう。エベレストの登山は、登頂を狙える位置(8000メートル付近の最終キャンプ)まで進むことが大変だ。頭痛や極度の疲労、体力低下、脳浮腫や肺水腫、低体温症というトラブルを克服する必要があるからだ。
つまり、8000メートル付近の最終キャンプにたどり着き、頂上をうかがう時点で、有形無形の大変なコストを支払っているのだ。その登山家は幸運にも恵まれて、最終キャンプ地から頂上にアタックするチャンスを得た。そして、頂上まで高低差であと100メートルの地点までたどり着いた。あと少しで頂上だ。しかし、時計を確認すると、予定の時間をかなり過ぎている。このまま登頂に成功しても、帰り道が危険になる。※アタックのチャンスは1回のみ。
つまり、登山の継続か撤退かの重大な意思決定が迫られる場面だ。この意思決定に関与してくるのが、サンクコストだ。1千万、10年、トレーニングや艱難辛苦を乗り越えるために費やしたコスト…これらのことを考えるなと言っても、無理な話だろう。頂上は目前なのだ。多少のリスクは承知で、頂上を極めたいと思うのではないだろうか。
しかし、サンクコストのことを考えて、現状を維持(アタックを継続)すると、命を失うことがあるのだ。
【栗城 エベレスト2015 vol.18】最後のアタック - YouTube
※このサンクコストの呪縛から逃れるためには、意思決定を第三者にゆだねるという方法がある。
サンクコストが巨大になると、意思決定から完全に排除することは難しい。したがって、サンクコストをできるだけ小さくしておくというのが知恵ではないだろうか?
▼ 保有効果の問題
さらに、保有効果の問題がある。
保有効果とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる心理現象のことをいう。
出典:コトバンク
保有効果というのは、自分が所有するモノに高い価値を感じるという(非合理的な)心理のことだ。これは、先に述べた「失う痛みを強く感じる」ことに関係がある。ちょっとにわかには信じ難いのだが、同じモノであっても、人は手放す際に7倍の価値を感じるそうだ。
同じものであっても、手放す際は手に入れる際の7倍の価値を感じるとされています
出典:Diamond Online
なるほどこれでは、モノを捨てられないわけだ。
私は、現状を変えるためには、何か捨てる必要があると考えている。
?
たとえば、恋愛でもそうだ。新しいパートナーを得ようと思えば、現在のパートナーとの関係を清算しなければいけない。結婚すれば、友人との付き合い方は変化する。家族と過ごす時間が増え、その分友人と過ごす時間は少なくなるだろう。人のリソースには限りがあるため、(トレードオフは)ある意味やむを得ないことなのだ。
もし、キャパがあっても、何も捨てずにためるばかりでは、エントロピーが増大し、混沌が深まるばかりである。そのような状態で、何かを変えようとしても、そこへのリソースの集中が上手くいかず(ボケたものになり)、結局意図したように変えることはできないだろう。
すなわち、現状を変えられないということは、捨てられないということでもあるのだ。
▼ まとめ
人が現状を変えられない理由について書いてみた。
1. 現状維持バイアスの問題
2. サンクコストの問題
3. 保有効果の問題
こう考えると、現状を変えることがいかに大変なことかよくわかる。
なんだかんだ現状に不満があっても、愚痴をこぼしながら、既知の現状を維持する方が心理的に楽なのだ。現状を変えられるかどうかは、その人の性格やリスク許容度にもよる。慎重な性格でリスクを極力取りたくないと考えていれば、現状を変えようとはしないだろう。また、同じ人物でも、年齢によってリスク許容度が変化する。若いときに変化を望んでいた人でも、歳を取ると変化を望まなくなることがあるのだ。
しかし、今回述べたような、非合理的なバイアスを思考から排除できれば、現状を(これまでよりは容易に)変えることができるようになると思う。自己の認知の歪みを正して、外部環境の変化に応じ、柔軟に変化できるようにしておきたいものだ。