こんなニュースが話題になっていました。
和歌山県橋本市で今年3月、JR紀伊山田駅に停車中の電車の優先席近くでスマートフォンを操作していた20代の男性を殴ったり蹴ったりしたとして暴行罪に問われた住所不定の男性被告(41)の判決で、和歌山地裁は2日、無罪(求刑懲役6月)を言い渡した。
被告側は暴行の事実自体は争わなかったが、河畑勇裁判官は精神鑑定の結果から被告は統合失調症だったと認定。「当時は幻覚や妄想の影響で善悪の判断ができない心神喪失の状態だったとの疑いが残る」とした。
判決によると、被告は3月27日に優先席に座っていた際、近くに立ってスマホを操作する被害者を発見し、電源を切るよう注意したが聞き入れられず暴行を加えた。
被告は捜査段階から一貫して「スマホから飛んでくる電磁波が体に刺さり激痛が走った。優先席近くでは電源を切るのがマナーだし、痛みに耐えられず注意したが、無視されたと感じ怒りが爆発した」と話していた。
判決はこうした供述内容を「常識に照らすと理解不能なものと言わざるを得ない」とした。
心神喪失者ですか…。
各所で「なぜ無罪?」と議論になっているので、自分なりに心神喪失者が犯罪を犯した際の責任問題や適用される法律、裁き方について書いてみました。
心神喪失者は罰せられない
「殴ったのに無罪なのかよ」と思う方も見えるのではないでしょうか。しかし、今の日本の刑法では無罪になってしまいます。
刑法にこんな条文があります。
第39条(心神喪失及び心神耗弱)
- 心神喪失者の行為は、罰しない。
- 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
1項の「心神喪失者の行為は、罰しない。」が罰せられない理由です。なんてわかりやすい!
刑法上、心神喪失者の責任追及はできないとなっています。
心神喪失の状態とは、善し悪しの判断ができないような状態のことをいいます。今回の件で考えてみると、優先席付近でスマホを使っている人がいようが普通は人を殴ってはいけませんが、その判断ができず殴ってしまったというわけです。
で、なぜ責任を追求できないかという話ですが…。心神喪失は何をしたのか分からないため、刑罰で矯正しようにもその意味を理解できないからです。刑罰の効果が期待できないため罰しないわけです。
「常識では理解しがたい理由で人を殴ったので、刑罰による強制は期待できませんから無罪!」というのがこの裁判の判決です。
こういった事件はどうしても感情的になってしまうため腑に落ちない方が圧倒的に多いと思いますが、「責任なければ刑罰なし」という原則が存在し、責任能力が無い人はほぼ罰せられません。
ちなみに精神耗弱とは責任能力が完全に欠けているわけではないものの著しく減退している状況のことで、この状態だと無罪にはならずとも刑が軽くなるということがあります。今回は心神喪失者についての取り上げなので、詳細は省きます。
ところでこのニュース、被告が統合失調症ということみたいですが、恐らくこれは裁判中に発覚したことだと思います。無罪となっていますが、事前にそのことがわかっていれば不起訴になると思われるので。まあ、あくまで憶測でしかありませんが。
心神喪失者等医療観察法
しかし不起訴・無罪で終わってしまってはあんまりです。
こういった場合、従来は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第29条の措置入院制度が適用されてきました。この制度は加害者を一旦入院させて、他害のおそれがなくなった場合にはただちに症状消退の届出をして退院させるという制度です。
しかし1999年に附属池田小事件発生から流れが変わります。犯人は過去にも犯罪経歴があるものの、統合失調症という診断結果だったため不起訴となり措置入院となりました。その後に上記の殺傷事件で検察が行った鑑定は「責任能力あり」…つまり偽証の疑いが浮上し問い詰めたところ、やはり偽証していたのでした。
要するに「心神喪失を悪用して犯罪を犯す」危険性がはっきりました。
そして2005年に以下の法律が施工されました。
医療観察法制度の概要について
心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)は、心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした制度です。
本制度では、心神喪失又は心神耗弱の状態で重大な他害行為を行い、不起訴処分となるか無罪等が確定した人に対して、検察官は、医療観察法による医療及び観察を受けさせるべきかどうかを地方裁判所に申立てを行います。
検察官からの申立てがなされると、鑑定を行う医療機関での入院等が行われるとともに、裁判官と精神保健審判員(必要な学識経験を有する医師)の各1名からなる合議体による審判で、本制度による処遇の要否と内容の決定が行われます。
審判の結果、医療観察法の入院による医療の決定を受けた人に対しては、厚生労働大臣が指定した医療機関(指定入院医療機関)において、手厚い専門的な医療の提供が行われるとともに、この入院期間中から、法務省所管の保護観察所に配置されている社会復帰調整官により、退院後の生活環境の調整が実施されます。
また、医療観察法の通院による医療の決定(入院によらない医療を受けさせる旨の決定)を受けた人及び退院を許可された人については、保護観察所の社会復帰調整官が中心となって作成する処遇実施計画に基づいて、原則として3年間、地域において、厚生労働大臣が指定した医療機関(指定通院医療機関)による医療を受けることとなります。
なお、この通院期間中においては、保護観察所が中心となって、地域処遇に携わる関係機関と連携しながら、本制度による処遇の実施が進められます。
ポイントはこんな感じでしょうか。
- 心神喪失または心神耗弱の状態で、重大な他害行為を行った人に対して、適切な医療を提供し社会復帰を促進することを目的とした制度
- 重大な罪を犯したものの、心神喪失を理由に不起訴や裁判で無罪となったケースにおいて、検察官は医療観察法による医療及び観察を受けさせるべきかどうかを地方裁判所に申立てを行う
- 通院や入院を決めて心神喪失者を指定病院に移し、医療提供と社会復帰のための退位後の生活環境の調整が行われ、退院した後も保護観察所による精神保健観察が原則3年間続く
ちなみに却下という場合があり、要するに責任能力があるためこの法が適用されない場合なのですが、そのときは検察は起訴に踏み出します。一応の偽証対策ですね。
心神喪失者の裁き方
しかし医療による解決では甘いなんて声も当然あります。被害を受けた本人やその身内の方で心理としてはやはり刑罰を望むでしょう。そういったこともあり一応議論にはなっていて、刑法第39条を削除しようという声もあります。
過去に刑法第40条が削除されました。こちらは(いん唖者の罪の軽減)…要するに聴覚障がいのある人の罪を軽減するという内容でした。元々は明治時代に作られた法律で、当時は「聴覚障がい者は教育を十分に受けられない=責任能力がないという考えだったそうです。しかし年月が経ち聴覚障がい者も十分に教育を受けられるようになってきたことと、第40条は差別だと主張する団体の声があり、第40条は削除されました。
第39条についても、弁護士や政治家、そして一部の精神障がい者から差別的な法律だから削除すべきだという意見があるそうです。
しかし心神喪失者の犯罪は、健常者の犯罪と同じように処罰していいものなのかという意見も精神科医等の専門者から上がっています。矯正では効果が期待できないので、刑法第39条を削除せずに心神喪失者等医療観察法をこのまま適用していき、社会復帰できるところまで治療し解決していこうということです。
そして心神喪失者には居場所が少なく、就労等についても困難です。そうやって追いつめられていった心神喪失者が罪を犯すところまで行き逮捕して刑務所送りということになると、矯正施設である刑務所が福祉施設と化してしまいます。
つまり健常者が心神喪失者を特別視・差別的に見ているということもこの問題に関わっているわけです。
個人的には第39条は削除するべきでなく、治療による社会復帰を続けていくべきだと考えています。
しかしそれだけで解決していくには非常に難しく、予算という問題がありますが福祉施設の充実化を進めていくこと、そしてこれが最も難しいことですが心神喪失者への理解と受け皿を用意していくしかないのかなあと思っています。
つまり法律だけでなく社会全体で取り組んでいくべき問題だと考えています。
余談
もっと大学でこの辺も勉強しておけば…なんてことを書きながら考えていました。
一応補足ですが、心神喪失者でも希に有罪判決を受けることがあります。可能性としては1%以下ですが…。
書いた意図としては、刑罰で矯正しろという声は被害者心理としては当然のことなのですが、リスクがあることや刑務所での矯正が無駄になる可能性が高いということを知って頂きたかったからです。
これを機に法律をまた勉強していきたいところです。