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成熟産業にチャンスあり
IBMとクックパッドで計6年間エンジニアを務めた女性が、これまでにない定食屋をオープンした。お手伝いすれば一食無料、カスタマイズオーダーも自在。飲食業界の型にはまらない経営が話題を呼ぶ。
未来食堂の店舗内部。一見普通の食堂だが、茶碗の数やおひつで各自がご飯をよそう仕組みなど、飲食業界では「ありえない」試みが満載だ
これまでになかった形態の飲食店として、話題になっている定食屋がある。今年9月、東京は神保町のオフィスビルの地下にオープンした「未来食堂」だ。オーナー兼店主は、東工大理学部数学科卒で、IBMとクックパッドで計6年、エンジニアを務めた小林せかい氏。異業種ならではの新たな視点で、飲食店の常識を覆すようなサービスを提供している。
カウンター形式で12席の店構えは定食屋として一般的だが、独特なのはメニューだ。未来食堂のメニューは、日替わりでひとつだけ。しかしプラス400円支払えば、その日、お店にある食材と調味料が記されている一覧表を見て、食材を選び(2品まで)、自分が食べたいものをオーダーすることができる。「あつらえ」と名付けたこの方式は、かつてかなりの偏食で、外食時に肩身の狭い思いをしたという小林氏が、「人それぞれの食の好みを受け入れられるように」と考案した。
あらかじめ用意しているメニューを提供する従来の飲食店のスタイルに比べて、客ひとりひとりのオーダーに応じるのは手間と時間がかかり、非効率に思えるのだが、小林氏は「それは違います」と否定する。
小林 せかい 未来食堂 代表
「オーダーされたものを作る手間暇は、並んでいるメニューから注文されることと変わりません。一方で多くのお店は、メニューが多いほど満足度が上がると考えます。すると、それぞれの料理に合った食材を揃えるため、食材のロスも多くなります。『あつらえ』は、店にある食材を書いているだけです。無駄がないし、メニューから頼むよりも自分のために一品を作ってもらうほうが、満足度が高いと思いませんか?美容院や花屋は、個別のオーダーに応じてサービスを提供する。それと同じことをやっているのです」
「あつらえ」では、「温かいものが食べたい」「ちょっと喉が痛い」など気分や体調を伝えれば、それに合わせた小鉢を作ってもらうこともできる。その小鉢は確かに、従来の飲食店では味わえない「特別感」があるだろう。
もうひとつ、「まかない」という独特のシステムがある。店でお手伝いを50分すると、無料で一食が提供されるのだ。お手伝いの時間と内容は決まっていて、ランチタイムの客の注文取りや、閉店後のお掃除などだ。
オープンから2ヵ月で、近隣の会社員のみならず、将来、飲食店を開業したいという人や小学生、外国人まで「まかない」に参加。このシステムは、小林氏がクックパッドを辞めてから店をオープンするまでの1年4ヵ月の間、6つの飲食店で調理や接客の修行をしていた際に思いついたそうだ。
「まず、一度お店に来てくれた人との縁を切りたくない、一文無しになったり、追い詰められたときは未来食堂のことを思い出して欲しいという想いがあります。初めての作業でも戸惑わないようにマニュアルを作っているので即戦力になりますし、結果として、人件費など固定費削減にもつながっています」
小林氏が意識しているのは、お金以外の価値の提供だ。一食無料といっても時給換算にすると安い金額。それでもやりたいと思ってもらえるように、月に1回、まかないに参加した人は500円で食べ放題、ほかの参加者とも交流できる『まかないさんありがとうの日』を開催するなどして気を配る。
冷蔵庫にある食材を選んで料理をつくる「あつらえ」。レシピやお客さんの反応をノートにまとめている
メニューは日替わりでひとつだけ。効率化により、客が着席してから5秒で用意できる
異業種の視点が活かされているのは、客向けのサービスだけではない。店をひとりで回しているため、エンジニア的発想で作業効率を上げるために様々な工夫を凝らしている。
「通常、飲食店では『温かいご飯を提供すること』を絶対視しています。でも、ひとりひとりに対してご飯を盛ると、時間がかかる。そこで、12席で6つのおひつにご飯を入れて、お客さんによそってもらうようにしました。これは飲食業界の人からはとても驚かれましたが、お客さまは普通に受け入れています。むしろ自分でおひつから少なめ、大盛り、自由によそえるほうが嬉しいようです」
ほかにも、通常の飲食店では席数×2倍が目安と言われる茶碗を、座席の5倍近い55個用意。余裕を持たせることで、ランチのピーク時に洗い物に時間を取られないようにした。飲食店の常識に捉われない手法で作業効率を高めたことで、いまでは客が着席してから5秒で用意し、10秒以内に食べ始めることができるようになった。
その結果、一般的な飲食店ではランチタイムに客が2回転すれば良いというところ、未来食堂では4回転するまでになったという。
そしてなにより元エンジニアらしいのは、事業計画書から月次決算、「まかない」のマニュアルまで様々な情報を公開(オープンソース化)していること。「私自身は、飲食店としてスケールしていくつもりはありませんし、事業に共感して模倣してもらうことはウェルカムです。日次売上を公開することも考えています。未来食堂で試している仕組みやツールが、もしかしたらアパレルやレジャー業界でも使えるかもしれません」
「誰にとっても居心地の良い場所をつくりたかった」という小林氏。オープンソース化でその想いと手段が広がっていけば、社会はもっと居心地の良いものに変わるかもしれない。小さな定職屋が飲食業界の未来に何をもたらすのか、これからの動向に注目だ。
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2016年1月〜2016年12月(予定)
地域貢献を第一に考えた事業創出を目的とした研究会。全国各地から企業経営者・幹部が研究員として集まり、自社・自地域の地域貢献型事業を構想する。特に地方で事業可能性が高いと思われる、エネルギー、超高齢社会対応(2025年問題)、農林業、観光業に焦点を当てる。
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