subculic このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-12-02

西住みほは白旗を上げない〜「ガールズ&パンツァー」主人公の在り方

f:id:tatsu2:20151202191527p:image

いったい、何本の白旗が仕込まれているんだろう。無骨なはずの戦車がその瞬間、少し可愛らしいオブジェクトに擬態する。横転して動けなくなったり、致命的な命中弾を受けて行動不能になった戦車に上がる白旗。この判定装置によって『ガールズ&パンツァー』はスポーツの精神で行われる、あくまで「競技」(武道)なのだと視聴者に訴えかける。ひっくり返った戦車の「お腹」から白旗が上がる愉快な光景は、本作でしか見られない。楽しく、朗らかなギミックだ。

f:id:tatsu2:20151202192206p:image

主人公・西住みほが車長を務めるあんこうチーム・IV号戦車からも白旗は上がる。劇場版まで含めるとその数、なんと4度。テレビシリーズ12話、劇場版120分の間に「主人公メカ」が4度も撃破されているのだ。個人戦だったら、やられすぎと思ったかもしれない。しかし戦車道はチームで戦う競技であり、そこに妙味がある。たとえばサンダース戦(テレビシリーズ第6話)では、ナオミという作中屈指の砲手につけ狙われた。あんこうチームも砲手・五十鈴華の腕を信じ、サンダースのフラッグ車を狙撃。タッチの差で見事勝利を収めたが、ナオミの射撃も着弾。聖グロリアーナとの練習試合に続き、IV号に白旗が立った。そう、負けたときは当然として、勝ってもボコボコ。アンツィオ戦など例外もあるけれど、大洗はボコボコな宿命を持っている。劇場版はそんな「ボコボコ」という寓意を物語の中心に持ってきた。

みほが唯一テンションを上げるボコられ熊のボコという縫いぐるみ。いつも負傷しているボコは大洗を作為的に象徴する「花言葉」のようなものかと思っていた(親和性のある何かを潜ませておく定番の手法)。それが劇場版では新キャラクターの天才少女・島田愛里寿とみほを繋ぎ、潰れそうなボコミュージアムを救いたいという愛里寿の動機になったのだから驚きだ。愛里寿は大洗にきたばかりのみほのように内気で、しかし戦車道名門の家元に生まれたスペシャリスト。みほと素性がそっくりだからこそ、違いも明確になる。

センチュリオンという他を圧倒する戦車を駆り、超信地旋回と高精度射撃の合わせ技で次々と大洗の戦車を撃破していく愛里寿は大学選抜の中にあって浮いていた。もちろん、指揮官が後方に待機し、指示を出す安全性と戦術は理にかなったものだし、積極的に前に出ない(出たくはない気持ちといった方が正確か)個人的な理由があったのかもしれないと想像できるにせよ、皆と一緒に前線で戦うみほとは違い、「ひとり」なのだ。単騎で飛び込み、ひとりでボコボコにする愛里寿。皆でボコボコになるみほ。でも、ボコ好きの士。ライバルだけど、どこかで仲間。ひとりだけど、ひとりじゃない(副官3人とのスピンオフが待たれる)。その輪を広げる手つきは優しく、けれど勝負の非情さを指先に絡めるのが『ガールズ&パンツァー』の上手さだ。劇中でダージリンが口にした「勝負は時の運」という言葉が物語る通り、だれもが一度は負けている。白旗の上がらなかった戦車はない。その上で運を引き寄せるために必要不可欠な仲間への信頼と諦めない心を描いているから、王道スポーツ物の精神をそこに感じられるわけだ。

f:id:tatsu2:20151202194601p:image

仲間想いで不屈の精神を持つ、“冷静”な主人公という姿には新しさがある。額に汗をかいて気迫のこもった叫び声を上げることもなく、状況に応じて的確な判断を下す沈着冷静な主人公。つまり、戦場において最も指揮官に求められる資質は何かという戦場的リアリズムに基づいた説得力。廃校を迫られたボコボコな大洗女子学園にやってきた、ボコ好きな女子高生。立案する作戦名こそ可愛らしいが、戦車長の才能に溢れた少女。その才腕をもってしても、都合4度自身の駆る戦車から白旗が上がった。決して無敵の戦車戦エースではない。とはいえ、学園を廃校から救った凛々しい姿に、御都合主義の雰囲気はない。戦車という無骨な鉄の塊の上では、クールに戦場をみつめる指揮官の方が本物らしく感じさせるし、ボコボコな状況であればあるほど、平静に務めるメンタルの強さが際立つ。

「土壇場を乗り切るのに必要なのは勇猛さではなく、冷静な計算の上に立った捨て身の精神」

テレビシリーズ第12話でダージリンが引用したこの言葉(引用元は名将・野村克也の言)のまさしく示す通りだ。だからどんな逆境の中でも仲間と一緒に、そして最後まで冷静に、諦めない。それが西住みほのドクトリンであり、リアリズム。「わたし戦車道」は、たぶん、そういうことだ。


B00UHB6RFYガールズ&パンツァー 6 (特装限定版) [Blu-ray]
バンダイビジュアル 2015-07-24

by G-Tools

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/tatsu2/20151202/p1