大分・別府の混浴風呂で水入らずのひとときを過ごす夫婦

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 「混浴」が温泉王国・九州から姿を消しつつある。

 平成5年に全国で1200軒を超えていた混浴浴場は、各自治体による規制強化などで、25年は700軒を割り込んだ。習慣や考え方の変化で仕方のない面もあるが、江戸時代から続く日本の混浴文化を守る決意を固め、「ワニ」と呼ばれるのぞき目的の男性対策に頭をひねる温泉業者もいる。(九州総局 奥原慎平)

 幾筋もの湯煙があがる大分・別府。11月30日、別府温泉保養ランド(別府市明礬(みょうばん))の露天風呂に、数人の男性と、外国人女性や若い女性がつかっていた。

 大阪市から妻と訪れた会社員の男性(60)は「夫婦水入らず、解放感のある混浴温泉めぐりが楽しみで来ました。青森の混浴にも最近行きました。最近は混浴も珍しくなり、さみしいですね」

 別府は、湧出量・源泉数とも日本一を誇る。この温泉郷も昭和初期は、ほとんどの露天風呂が混浴だった。現在は同ランドを含め、3軒ほどに減少した。

 もちろん別府だけではない。季刊誌「温泉批評」(双葉社)によれば、全国の混浴浴場は、この20年で1200軒から700軒以下に減少した。

 混浴が姿を消す理由の一つは規制強化だ。

 日帰り入浴施設や銭湯について定めた公衆浴場法(昭和23年施行)に基づき、すべての都道府県が条例を制定し、おおむね10歳以上の混浴を禁止した。大分県も47年に条例を制定し、原則混浴を禁じた。

 わずかな例外を除き、浴場の新設・改装の際、混浴は保健所の許可が下りないようになった。認められるのは、男女別の脱衣所と内湯を設けた上での露天風呂の混浴営業や、水着を条件にしたものがある。

 混浴が消える別の理由に、最近の「貸切風呂ブーム」もある。風呂と洗い場を個室にした施設で、家族客らに人気が高い。混浴の露天風呂を、こうした個室風呂に改築する業者が相次ぐ。

 さらに男性客の行状が問題だ。数少なくなった混浴施設に、女性の裸を見るのが目的で、長時間入浴を続ける男性客が出没するようになった。

 湯船につかって待ち、女性客が現れるとそばに近づく様子が、動物のワニに似ていることから、彼らは「ワニ」と呼ばれる。このワニに対する女性客の苦情から、混浴業態を改めた施設も少なくない。別府温泉保養ランドも、ワニが集まっていたという。

 同ランド広報担当の福田悠希氏は「創業以来50年続いた混浴を絶やしたくはない。思い出づくりに、昭和のレトロな混浴を体験したいという若い女性も多いんです。いかに男性の目線が、女性客に刺さらない浴場にするか、日々考えています」と語った。

 同ランドは今夏、それまで男女共同だった混浴場までの通路を、別々にするなどワニ対策に力を入れる。

 急増する訪日外国人旅行者への対応も、混浴浴場のこれからの課題だ。

 熊本・黒川温泉の旅館、帆山亭(熊本県南小国町)は、海外客を対象に、入浴前に混浴について英語や中国語で説明する。支配人の今福宏氏は「大阪や東京ではなく、わざわざ熊本を選んでもらったのだから、昔ながらの日本の入浴を体験してほしい」と意気込む。

 別府の歴史資料を収集・展示する平野資料館の平野芳弘館長は「100年前の入浴風景はみな男女混浴で、写真を見る限り『すけべ心』は感じられません。浴場は本来、年齢や男女の区別、国境も越えて、いろいろな立場の人間が交流を温める場所です。私も最近、別府の泥湯で、若い白人女性に囲まれ、恥ずかしくて、湯船から出られませんでした。嬉し恥ずかしの混浴文化は残ってほしいですね」と混浴の維持を訴えた。

 銭湯が庶民の娯楽として広まった江戸時代、幕府が再三にわたって混浴禁止令を出しても、混浴は衰えなかった。ほのかに心がときめく「混浴」が消えてしまうのは、やはり寂しい。