2015年11月2日付の熊本日日新聞が掲載した1面コラム「新生面」(朝日新聞であれば「天声人語」、日経新聞なら「春秋」、毎日新聞は「余録」、産経新聞は「産経抄」……といったタイトルで書かれるポジションの日替わり匿名コラム欄)が、「江戸しぐさ」を正面から肯定的に取り上げたことが波紋を呼んでいる。
熊本日日新聞が一面コラムで「江戸しぐさ」をド派手に取り上げてるわけだが、社内に一人くらい「思慮と行動」できる人はいなかったのかなと… pic.twitter.com/yUhZlnZSSv
— bluesmantaka (@bluesmantaka) 2015, 11月 1
問題のコラムでは、同2日に開催された日韓首脳会談を前に
電車の中で他人の足を踏んだら「すみません」と謝るのは当然だろう。これに踏まれた側が口に出さなくても「私もうかつでした」とのしぐさで返せば、その場に険悪なムードは生まれない。共生を目的とした江戸しぐさの一つで、「うかつあやまり」という▼踏んだ踏まないで口論するのは野暮[やぼ]なこととされた。肩がぶつかったとしてトラブルに発展することも多い現代社会だが、かつて江戸っ子たちの間には、いさかいを招かないための粋な振る舞いがあった▼江戸しぐさの「しぐさ」は「思草」と書く。「思」は思案や思慮、思想をいい、「草」は行為や行動、実行を指す(『身につけよう!江戸しぐさ』越川禮子著、KKロングセラーズ)と、いきなり「江戸しぐさ」を出典まで明記して何の疑いもなくピュアに紹介。「思草」などというポエムな表記まで持ち出してしまっている。
※新生面 11月2日付 - くまにちコムより
さらに同コラムは江戸しぐさ談義に続けて「安倍晋三首相と韓国・朴槿恵[パククネ]大統領がきょう会談する。歴史認識での溝は深いが、ともに歩み寄り『未来志向』へ一歩を踏み出せるか」と日韓首脳会談に話題を転換。従軍慰安婦問題について「韓国で会った元慰安婦」の声を同情的に紹介し、両国への意見を述べた後に「思慮と行動-。この心構えが日韓双方に問われている。」と、前半の江戸しぐさ談義で紹介した「思草」の「思慮と行動」を日韓首脳に求めて締めくくっている。
トンデモ本大賞2015受賞の「江戸しぐさ」
既に心あるネットユーザーには周知の事実であるが念のため説明すると、ここで語られている「江戸しぐさ」とは、「傘かしげ」「うかつあやまり」「こぶし腰浮かせ」といったキャッチーなしぐさを擁する疑似マナーの一種。「NPO法人江戸しぐさ」などが「江戸時代の町人に由来する」と主張する同しぐさは1980年代からメディアに登場しはじめ、2000年代に公共広告機構(ACジャパン)の広告に取り上げられたことなどから真に受ける人が急増。企業の研修や教育現場にまで広く普及し、文部科学省発行の道徳教育用教材にまで掲載されてしまった。
だが、2014年から2015年にかけて、検証本の出版や大メディアでの疑問的な報道も相次ぎ、今ではその虚偽性が多くの人に認識される状況に。今年7月には「江戸しぐさ」を掲載した前述の文科省発行の道徳教材『私たちの道徳 小学五・六年生』(廣済堂あかつき株式会社)が「トンデモ本大賞2015」(※「と学会」主催)を受賞し話題になったことも記憶に新しい。
※関連記事:【江戸しぐさ】文部科学省の道徳教科書が「トンデモ本大賞2015」を受賞 - Yomerumo(2015/7/27 )
そんな江戸しぐさが、曲がりなりにも熊本県内随一の購読数(2014年6月時点で約34万5000部 ※Wikipediaより)を誇る地方新聞の看板コラムに掲載されたことから、熊本県民のみならず全国のネットユーザーの間で反響が。
「いまどき江戸しぐさなんて捏造された『伝統』をひいてくること自体、無知をさらしているようなもの。」など、失笑と非難、そして心配の声が噴出してしまった。
「きょうの熊日新生面、江戸しぐさが存在した前提で話すすめてるけど大丈夫なんすか」
「江戸しぐさがデタラメだったってまだ知らないの」
「足を踏んでいる者には踏まれている者の痛みは分からない、そんなことも知らんのか。」
「未だに江戸っ子虐殺を正史扱いする新聞があるのか」
「江戸しぐさを信じてるのは産経くらいじゃないの」
「江戸しぐさを認めると江戸っ子大虐殺も存在することになるという」
「実際の紙面に載るまでに何回もチェック入らないの…全員バカだったの?」
「熊日の新生面は割といつもこんな調子なので安心してほしい」
(※ツイッター、ネット掲示板より)
また、一般的に「右寄り」とされる価値観や「歴史修正主義」と呼ばれる考え方と親和性の高い江戸しぐさが、今回は従軍慰安婦関連の話題の引き立て役として使われたことにも驚きの声が。
「引き合いに出すだけで一気に本題の説得力をぶち壊す要素と化した」など、右も左もびっくりぽんの様子である。
「江戸しぐさと朝鮮の奇跡のコラボ」
「この内容で江戸しぐさを引き合いに出すってある意味皮肉なんじゃね?」
「くまもとはばかだな」
「これはパクさんに迂闊でしたって言えということでは?」
「パクさんにごめんって言ったらパクさんも迂闊でしたって言えってことだよ」
(※ツイッター、ネット掲示板より)
付記:熊本県民のネット関係者は…
熊本生まれ熊本育ち、もっこすなやつはだいたい友達を自認する熊本県民のネット編集者は、問題のコラムを一読すると
「ばー、こらひったまがるですね。ばってんが、熊本ん人は自分たちではもっこすもっこすて言うとらすばってん、ほんなこつは東京ば好きで好きでたまらんとですよ。80年代頃から『ぼくたちさー、流行に敏感じゃん?』『熊本なういじゃん?』とか言いよらしたけんですねー。今も言いよらすごたるばってん。
そぎゃーんだけん、東京とか江戸とか言われると弱か。ほんなこつ弱か。『東京ばなな』んごたる土産もんばたーーーいぎゃありがたがるともだいたいは熊本人ですけん。東京てついとれば何でんよかと。
最近くまモンがちーーとばかし流行ったもんだけんが、勘違いしとらすかもしれんですね。くまモンちゃんはそら全国区ばってんが、有名になったとはくまモンちゃんだけで熊本は今もからし蓮根と馬刺しかなかとですよ。アニメイトとツタヤはできたて言うても町は寂れる一方。自慢は地下水だけばってんがその地下水も最近は危なか。
ばってんが、そら県民もみーんなわかっとらす。だけんが、江戸江戸言われたら『ははぁ〜』て参ってしまうとだろねー。
この機会に言わせてもらうばってんが、江戸しぐさは江戸っ子と田舎者の差別ば巧妙に組み込んどらすど? 『このしぐさができない人は田舎者とばかにされました(テヘペロ)』『むしろ田舎もんは殺しました(テヘペロ)』とかなんとか、NPO法人江戸しぐさの腐れジジババが言いよらすど? 熊本のもんは田舎もんて言われるとばたーーーーいぎゃ怖がっとらすもんだけんが、乗せられてしまうとだろねー。
……そぎゃーん考えると、熊本だけじゃなかねー。どこの田舎でん『なんとかしぐさ』ば作ったり教えたりするとばいつまっでん止められんとは、東京コンプレックスだろね。『江戸しぐさ』と『なんとかしぐさ』は、地方格差と東京コンプレックスがなくならん限りいつまでも滅びんかもしれんねー。
そぎゃんわけでたい、ファッションの流行はどぎゃんか知らんけど、熊本は文化的には10年以上遅れとることが全国の皆さんの前に晒されてしまったとです。いまどき産経・読売んごたる右翼新聞しか書かん文科省的愛国道徳教育礼賛ば、比較的リベラルと自認しとるはずの地方紙が、しれーーっと書かした。従軍慰安婦にまで触れて自分たちじゃたーーーいぎゃリベラルでラディカルと思って胸張って書かしたとだろばってん、本質が文科省推奨のインチキ偽史・江戸しぐさて(笑) こーらよか恥さらしばい。こら両論併記でも何でもなか。そぎゃん大層なもんじゃなか。ただの知性のお粗末さの披瀝。
そら熊本はインターネットもろくに通じとらん場所があるし電波も弱かけんが知らんとしても仕方なかけど、イマドキの江戸しぐさ批判ば知らんでもたい、ちょっとでん知恵んあれば、『ん?このしぐさーて何ね。なんかおかしかど? 江戸にあるわけなかど?』て一人か二人は気付くど? そぎゃんことも考えんで、文部科学省だのなんとか省だのの言わすことにはいはーいて従ごうとらす。新聞が。今度も『道徳の教科書に載っとるてだけんが間違っちゃおらんどー』てほいほい載せよらす。大メディアが。
マスメディアの劣化は地方でもはじまっとるねー。あくしゃうつねー。
そして困ったことにたい、熊本県民の中の何十万人かはこれではじめて『江戸しぐさ』ば知って、『熊日に書いてあったけんー』て今更『江戸しぐさ』ば広めるとですよ。それが熊本県民ですよ。次ん正月に、親戚のおじさんが『江戸しぐさ』の知ったかぶりばする方に1000陣太鼓賭けてもよか。ほんなこつ熊本が恥ばっか晒してすんまっせん」
……と語ってくれたが、何を言っているかは三分の一ほどしかわからないので翻訳せずに掲載することにした。終盤、方言にまぎれて何か危ないことを言っている気もするが、ちょっと理解できないので問題ないだろう。
▼問題の記事はこちら
※画像は『私たちの道徳 小学五・六年生』(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/doutoku/detail/1344254.htm)より。
(文責・メメン外森)