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【社会】

自衛官 戦場いつか 安保法案成立へ 議論不十分 娘「お父さん、死ぬでしょ」

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 国のあり方を大きく変える安全保障関連法案が成立する。十八日、国会の外で平和国家のままであり続けることを願う人たちの声が響く中、政府、与党は法案成立へと突き進んだ。新しい安保法制は自衛隊を変質させ、隊員が「殺し、殺される」ことが現実味を帯びてくるが、「戦場」に立たされる隊員を守るための議論は不十分なままだ。 

 陸上自衛隊に勤務する四十代のある男性隊員は今年五月、自宅で娘とテレビを見ていた。法案審議のニュースが流れると、娘がポロリと口にした。「お父さん、死ぬでしょ」。妻は「(海外派遣要員として)行けと言われたら、辞めてもいいよ」と言った。

 「衣食住はタダ。教育期間が終われば土日も夜も自由」。甘い言葉で勧誘され、高校卒業後に入隊した。基本は災害派遣が仕事という認識だった。「法案に基づく海外派遣の覚悟なんてない。隊員の間でリアリティーを持った話題になっていない」

 法案審議が大詰めを迎え、所属部隊を明かさないことを条件に取材に応じた男性隊員は「国会周辺であれだけ反対のデモがあったのに、国民の声は届かなかった。むなしい」とつぶやいた。

 これまでに公務で死亡した自衛隊員は約千九百人に上るが、戦闘行為で死亡した例はない。今後は「戦死者」が出る懸念が強まっている。

 イラク派遣時には、不測の事態に備え、遺族に支給される賞じゅつ金や特別ほう賞金計一億円が用意された。遺族補償も五割増しだった。

 しかし、関東地方に住む航空自衛隊員は「万が一の場合の補償の説明はほとんどない。死んだらローンはどうなるのか。安保法案そのものには賛成だが、こんな状態で海外に行かされてはたまらない」と訴える。

 自衛隊員の置かれた立場の不安定さへの不満は根強い。「とにかく国際法上の地位を確立してほしい」。関東地方に勤務する陸自の男性尉官(45)は冷めた口調で語った。

 尉官は国会のやりとりを知り「不安が的中した」と落胆した。後方支援中に敵に捕まった自衛隊員について、政府答弁は「戦闘員ではないので、(捕虜の人道的処遇を定めた)ジュネーブ条約上の捕虜となることはない」。

 安保法案が成立すれば、後方支援として軍事作戦に向かう戦闘機への給油や弾薬の提供が可能となる。尉官は「軍事物資を運べば自衛隊は攻撃目標にされる」と懸念を語る。「捕まっても捕虜としての扱いも受けられない。戦争犯罪者として死刑にされることもある」。根本的な議論はなおざりのまま。「つけを回されるのは現場だ」と諦め交じりに話した。

◆常総の水害被災者

 安保法で活動範囲が広がる自衛隊。関東・東北水害で大きな被害を受けた茨城県常総市で、床上浸水した自宅からヘリコプターで救助された主婦(48)は「私の命の恩人である自衛隊員を戦争や生き死にのある怖いところに行かせたくない。こちらが守ってあげたいくらい」と語った。

 鬼怒川が決壊した十日、自宅周辺の水位が急に上がり、車で避難できなくなった。自宅二階から懐中電灯を空に向けて振った。ヘリからロープ一本で下りてきた隊員が「大丈夫ですよ」と笑顔を見せた。緊張が一気にほぐれた。隊員の服に「海上自衛隊」とあった。

 自衛隊員に会ったのは、これが初めて。「自衛隊員は人の命や国を守るために働き、しっかりと訓練を受けてきたはず。他国の戦争に行かせるのは、やめてもらいたい」。救助されて、その思いを強くした。

 隊員たちは十八日も雨の中、ぬかるんだ泥に足を取られながら、行方不明者の捜索や小学校の片付け、土のう積みに奔走。三十代の隊員は「法案について、個人としての考えは持っているが、自衛隊全体の考えのように受け取られると困るので控えたい。上の命令に従うだけです」と言葉少なだった。

 

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