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■第2章:6

 「冤罪(えんざい)は起こりうる」

 2010年に強盗致傷事件の裁判員を務めた小田篤俊さん(44)は、そう思っている。

 10年ほど前のことだ。日曜の夜に、学生時代に行きつけだった東京都内の飲み屋に立ち寄った。午後11時半ごろ、帰宅するために地下鉄に乗った。車両の連結部分近くの一番端の席に座り目を閉じた。

 数駅が過ぎたところで目が覚めた。乗客はほとんどおらず、車両内はガラガラ。なのに、なぜか席を詰めるように、隣に30代後半の女性が座っていた。「どうしてわざわざここに座るの?」と思いつつも、また目を閉じた。

 さらに数駅。突然、女性がひじで小突いてきた。

 「いま、触ったでしょ!」。女性は騒ぎ始めた。仕方なく、次の駅で降り、小田さんがホームのボタンを押して駅員を呼んだ。話せばわかると思っていたからだ。

 駅員が飛んできた。「警察を呼びます」。そう言って、小田さんの腰のベルトを後ろからつかんだ。その態度に腹が立った。

 まもなくパトカーが来て、警察署に連れて行かれた。指紋をとられ、顔の写真もあちこちから撮られた。取調室では、ちかんをしたことを前提に事情聴取された。「認めれば帰れる」。そう警察官は繰り返したが、「やっていないものはやっていない」と言い続けた。

 30分ほどやりとりを続けただろうか。警察官が急に「今日はこれで終わり」と言った。「明日があるんですか?」と尋ねると、「ない」との返事。女性が「もういい。終電があるから帰る」と言ったというのだ。

 悪いことは何もしていなかったが、正直、ホッとした。すでに最終電車の時間は過ぎていた。パトカーで送れるのは警察署の管内だけと言われ、結局、都内のマンガ喫茶に泊まって翌日そのまま出勤した。

 小田さんは、女性を見つけたらとっちめてやろうと思っていたが、1週間もすると女性の顔を忘れ、その後は、飲んだときにたまに話題にする程度になった。それが、裁判員を経験し、記憶がよみがえってきた。