大学院で開発したCAPTCHAを
ヤフーのチーフサイエンティストに
見せたところ、
2週間後には導入されていました」

カーネギーメロン大学の修士1年生が、
2000年当時、世界有数のIT企業だった
ヤフーが抱えていた問題に対して、
画期的な解決策を提案した。

──CAPTCHAを考案したときは、まだ大学院生だったんですよね?

カーネギーメロン大学の修士課程に入ってまだ1カ月が経ったばかりのころでした。ヤフーのチーフサイエンティストが大学に講演に来たのです。彼は社内で解決の糸口が見えていない10個の問題について語りました。講演のあと、解決策を検討してみたところ、ぼくでも解決できそうな問題をひとつだけ見つけたのです。CAPTCHAのもとになるアイデアはそこから生まれました。

──その問題とは?

Yahoo! Mailのアカウントを大量に取得するボットを阻止できないことでした。当時のヤフーの技術チームが行なっていた解決策は、フォーム入力のスピードが速すぎると人間ではないと判断する」といったものでした。でも、それでは簡単に突破されていたのです。考えてみれば、人間と同じ速度で入力するようにボットのプログラムを修正すればいいだけですからね。そこでぼくは「人間とボットを見分けるために、何かしらのテストを設けることはできないか」という問いを立てて、アイデアを練り始めました。

──ヤフーはただ問題を解決しようとしていただけで、問い」をもってはいなかったのですね。

優れた問いを立てられるかどうかで、イノヴェイションのほとんどが決まる」とぼくは信じています。問いが正しければ、ソリューションを考えるのはそれほど難しいことではないのです。ただし、CAPTCHAのテストに必要な条件は、少し厄介なものでした。コンピューターには絶対に解けなくて、人間なら誰でも簡単に解けるものであり、かつ、その解答をコンピューターが採点できるものである必要があったのです。

──「ゆがんだ文字」を判読させるアイデアは、どのようにして思いついたのですか?

すぐに「思いついた」というよりは、カーネギーメロン大学の指導教官とともに、数カ月にわたって試行錯誤した結果生まれたものでした。最初は文字ではなく、画像を使ったアイデアからスタートしました。初めにコンピューターが例えば「花」といった単語をランダムに選び、画像検索にかけます。その検索結果に現れたさまざまな花の画像の中からひとつを選び、コンピューターが解析できないように「ゆがみ加工」を施します。そして、それが何の画像なのかをアカウント登録画面でユーザーに答えてもらうのです。最初の検索ワードである「花」が入力された場合のみ、人間であると判断される仕組みにしようとしていました。

──なぜそれでは駄目だったのですか?

画像ではコンピューターが適切に採点できなかったのです。例えば同じ花の画像でも、人によってはそれを「バラ」だと答えてしまいます。または、少女が花を持っていたら「少女」だと答える人もいるでしょう。つまり、写真の内容を表す言葉はひとつとは限らないので、それをコンピューターが採点するのは難しいわけです。そこで、ゆがんだ写真の代わりに「ゆがんだ文字」を使うテストを開発してヤフーに提案しました。

「大学院で開発したCAPTCHAをヤフーのチーフサイエンティストに見せたところ、2週間後には導入されていました」

──2000年当時のヤフーといえば、世界で最も影響力のあるウェブサイトだったはずですよね。

確かに影響力は大きかったですね。CAPTCHAの最初のヴァージョンをヤフーのチーフサイエンティストに見せたところ、その2週間後には同社のシステムに導入されていました。ヤフーが採用したことで大きな注目が集まり、そこからCAPTCHAは一気に普及しました。

1日50万時間の無駄な労力を
何か人類にとって有益なことに
使えないだろうか?」

ひとり10秒 × 1日2億回 = 50万時間」。
ゆがんだ文字を判読するために費やされていた
膨大な人類の“脳力”を活用して、
フォン・アーンは書籍の電子化を行う
新技術「reCAPCHA」を発明した。

──「reCAPTCHA」を考案したきっかけは何だったのですか?

ヤフーがCAPTCHAを導入して数年が経ち、多くのウェブサイトの登録フォームで見かけるようになったころ、1日に世界中でどれほどの数のCAPTCHAが実行されているのかを計算してみたら「2億回」になったのです。最初はその功績を誇らしく思っていたのですが、よくよく考えてみると、1回につき10秒ほど、一人ひとりの時間を奪っていることに気づいたのです。つまり、CAPTCHAによって人類の貴重な時間が毎日50万時間(10秒 × 2億回)も無駄になっていたということです。そこで、「この50万時間を何か人類にとって有益なことに使えないだろうか?」と問うようになりました。

──また新しい「問い」が生まれたわけですね。

中学生のころに「ジムを『発電する場所』にできないものか?」と考えていたことがあります。ジムのエアロバイクやランニングマシンなどから電気を生成して電力会社に売ることができれば、無料で利用できるジムがつくれるかもしれないと思ったのです。結局、人間の力だけでは大した量の電気を生み出すことはできないとわかって諦めましたが、reCAPTCHAは、それと似たような発想で生まれた技術です。CAPTCHAを解く10秒の間に、人はコンピューターには読めない文字を読んでいるわけですから、それを何か別の用途に使うことができれば、「50万時間の無駄」を「50万時間の有益な労力」に変えられるのではないかと考えたのです。

億単位の人数で何かをすることに、
おそらく人間の思考は、
まだほとんど慣れていないのです」

貧困から抜け出すために
英語を学んでいる人は世界で「8億人」もいる。
グアテマラ出身のクラウドソーシングの天才が
いま全神経を注いで取り組んでいるのは、
語学学習のイノヴェイション」だ。

──「10万人で月に人を送れたのなら、1億人ではいったい何ができるだろうか?」。このTEDxCMUのトークで語っていた問いが、とても印象に残っています。

reCAPTCHAによって、日々2億人以上が書籍の電子化に貢献していたという計算になります。インターネットは、それほど大規模な共同作業を可能にするものなのです。インターネット以前に人類が成し遂げた偉大な仕事のほとんどは10万人以下で実現したものでした。エジプトのピラミッドや万里の長城、パナマ運河をつくったときもそうだと聞いています。でもいまではそれをはるかに超える人数を動員するプロジェクトが可能になっているのです。しかし、残念ながら人類はまだそれを活かしきれていないとぼくは見ています。おそらく億単位の人数を使って何かをするという発想に、人間の思考は、まだほとんど慣れていないのだと思います。

──reCAPTCHAがグーグルに買収されたあと、教育分野のスタートアップを起業したのはなぜですか?

教育の不公平性についてずっと問題意識を抱えていたからです。ぼくはグアテマラという貧しい国で生まれ育ったこともあり、お金持ちの家に生まれたら優れた学校に通うことができて、逆に貧しい家に生まれたら読み書きもろくに学べないような状況は、どうにかすべきだと思っていました。そこで「世界中の誰に対しても、同じレヴェルの教育を提供できる方法はないだろうか」と考えた結果、Duolingoのアイデアに辿り着いたのです。

──確かにこのままでは貧富の格差は広がる一方ですね。

ぼくの生まれ故郷であるグアテマラでは、一部の公立の学校にも導入されています。収入の少ない家庭の子どもたちも、Duolingoを使うことで英語学習の機会を得ることができているわけです。

「億単位の人数で何かをすることに、おそらく人間の思考は、まだほとんど慣れていないのです」

──数ある教育のなかでも語学学習に目をつけた理由は?

外国語の習得は、仕事を得るために最も効果的な方法のひとつだからです。調査した結果、外国語を学んでいる人は世界で約12億人もいます。そのうち8億人は、次の3つの項目を満たしていました。1)英語を学んでいる。2)その目的はより良い仕事に就くためである。3)社会的・経済的な弱者である。つまり、彼らはより良い仕事に就いて、貧困から抜けだすために英語を学んでいるのです。それなのにその学習方法は、多くのお金がかかってしまうものばかりだという矛盾が生じています。そこでぼくらは「完全無料で外国語を学べる方法はないか?」と問うことにしたのです。

──「完全無料」を実現するビジネスモデルとは?

無料のサーヴィスを実現するために、起業当初は、発電するジムやreCAPTCHAのときと同じ発想で問いを立てました。人が外国語を学ぶ』という行為を、何か別の目的に使えないか?」と。外国語を学ぶとき、母国語では何と言うかを考えながら学びます。それをうまく活用すれば、世界中のウェブサイトをさまざまな言語に翻訳できるかもしれない。翻訳に支払われる対価でビジネスを回していければ、ユーザーには無料で提供できる、と考えたわけです。

──CNNやBuzzfeedと、翻訳業務の提携もしていますね。

Duolingoのユーザーによる翻訳は、クオリティ面でも高い評価を得ることができ、こうしたオンラインメディアとの提携が実現しました。ただ、このままこのビジネスモデルで事業を拡大しようとすれば、営業や品質管理のスタッフを多く採用する必要があり、40人ほどの小さなスタートアップにとっては人的コストがかかり過ぎてしまいます。いまは翻訳事業から方向転換を図り、別の方法でDuolingoを無料で提供し続ける方法を探っています。

──どのような方法を探っているのですか?

昨年の7月にオンライン語学検定試験「Duolingo Test Center」を立ち上げました。TOEFLなどの英語検定試験の代わりとなるものを目指しています。

数千万人規模のA/Bテストで、
ぼくらは言語学習の最大効率化を目指す」

全ユーザーのログを解析して行う、
歴史に類を見ない規模の「言語学習実験」。
40人規模のスタートアップが、
データの力で世界中の学校教育を
アップデートしようとしている。

──TOEFLには、どのような問題を感じているのでしょうか?

グアテマラを離れアメリカで学ぼうとしたときにTOEFLを受けたのですが、その体験は最悪でした。まず受験の登録に200ドル以上も払わなければなりません。そして登録から約3週間後にようやく試験を受けることができます。しかも、ぼくがグアテマラで申し込んだときは、国内の席がすべて埋まってしまっていたようで、わざわざ飛行機に乗って隣の国の試験会場まで行かなければなりませんでした。試験は2時間以上もかかり、結果が出るまで、その日からさらに3週間以上も待たなければなりませんでした。まるで18世紀にまでタイムスリップしたかのような気分でしたね。

──それに比べて、Duolingoのテストは、どう優れているのですか?

受験料はたった20ドルです。試験時間は約20分で済みます。どこかの会場に行く必要はなく、自分のスマートフォンでいつでもどこでも受けることができます。しかも結果は48時間以内に届きます。

──どうやってそれを実現できたのですか?

現代のテクノロジーを活用した、21世紀に相応しい語学検定試験の理想を描き、実現しました。ユーザーの回答に合わせて問題の難易度を変えるアダプティヴ方式を採用することで時間を短縮し、スマートフォンのカメラやマイクを使った監視システムによって不正を防ぎます。

──日本でも流行りそうな予感がします。

もうすぐアプリの日本語化もされる予定です。ぜひ受験してみてください。

「数千万人規模のA/Bテストで、ぼくらは言語学習の最大効率化を目指す」

──ほかにも何か新しいビジネスプランはありますか?

Duolingoを使用する学校向けに、カスタマイズしたアナリティクス・サーヴィス「Duolingo for Schools」の提供を今年の1月から開始しました。これを導入することで教師は、生徒一人ひとりの学習状況に合わせて教えることができるようになります。先ほど「1億人でいったい何ができるか?」という問いの話をしましたが、Duolingoは現在8,000万人のユーザーを抱えていて、1億人まであと少しです。彼らが生み出す膨大な解析データは、語学教育の未来にとって非常に有益なものとなるでしょう。それを学校教育の現場にも還元していきたいと考えています。

──8,000万人の解析データは、何のために使っているのですか?

基本的には言語をより効率よく学ぶためのレッスンの最適化に活用しています。例えば、英語のレッスンでは、形容詞と動詞は、どっちを先に教えた方がより効果的なのか、A/Bテストを取り入れて実際のユーザーで検証しながらプログラムの改善を行なっています。英語を学んでいるユーザーの半数には形容詞から教えてみて、残りの半数には動詞から教えてみて、その習熟度の違いを検証するのです。こうした「数千万人規模の学習実験」は、学校の30人程度のクラスでは到底真似できないことで、これまでにない精度で学習効率の最適化を行えるようになります。実際、Duolingoで行う34時間分の学習は、4年制大学の言語教育1学期分に匹敵するという研究成果も発表されています。

──ゲーミフィケーションの設計も最適化しているのですか?

Duolingoの競合となるのは、他の教育アプリではありません。ユーザーのアクセス時間を奪い合う相手は、ゲームアプリだと考えています。そのため、ゲームよりもハマる」アプリを目指して、綿密な設計を行っています。例えば、レッスンで不合格になったとき、Duolingoのマスコットである緑色の鳥「デュオ」が泣くアニメーションが流れるのですが、そのデュオの涙でできる床の水溜りは、ユーザーがもう一度挑戦したくなる最適な量に設定されています。これもA/Bテストで検証したものです。ライフやポイント、バッジの数や種類など、その他あらゆるゲーミフィケーションの要素も同様に綿密に計算されています。

──冒頭で、正しい問いをもてるかどうかで、イノヴェイションのほとんどが決まる」と仰っていましたが、人とは違う「問い」を立てるために、何か特別に心がけていることはありますか?

人が既にやっていることは絶対に真似しないことですね。ただそれには良い面もあれば悪い面もあり、よく部下と言い争う原因にもなっています。他社が同じようなことをやり始めたら、うちではそのアイデアを早々に放棄してしまうからです。他社もやり始めているということは、優れた方法である場合が多いので、その判断は必ずしも賢明だとは言えませんが、そのようにしています。ぼくは他人と同じ問いに取り組むのではなく、意図的に違う問いを探ります。優れた解決策を見つけるよりも、優れた問いを見つける方がはるかに難しいことだと思うからです。逆に言えば、優れた問いを見つけることさえできれば、それを解くのはそれほど難しいことではないのです。

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