新国立競技場:団地取り壊し、高齢者に負担…迷走に戸惑い
毎日新聞 2015年07月24日 09時30分
2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場(東京都新宿区)の建設に伴い、予定地の南側にある都営団地「霞ケ丘アパート」が取り壊される。ここに来て政府が競技場の建設計画を一から見直すことになり、転居を迫られる住民からは戸惑いの声が聞かれる。五輪開幕まで24日でちょうど5年。
◇五輪開幕まで5年
「壊す前に何か方法がなかったのかしら」。アパートで1人暮らしの柴崎俊子さん(88)は、新国立競技場計画の白紙撤回を複雑な思いで見つめる。
アパートは前回1964年東京五輪を控えた60年、国立競技場周辺の再開発で建設が始まり、10棟が建ち並んだ。それから半世紀余、国立競技場は建て替えのため解体され、新競技場の敷地は拡大されることになった。これに伴ってアパートは16年にも取り壊されることが決まり、跡地は公園となる予定だ。
新国立競技場は計画が見直されても、収容人数を従来の5万4000人から、五輪会場に必要とされる8万人に増やす方針は維持される見通し。周囲に「人だまり」のスペースが必要になるため、アパート取り壊しの計画は変わっていない。
新国立競技場の従来計画のデザイン募集が始まった12年夏、住民に移転の話が伝えられた。その頃は約230世帯が暮らしていたが、今は約135世帯。6割程度が高齢者だ。
「環境が変わることは、年寄りにとって本当にマイナス」と柴崎さんはこぼす。近くの別の都営住宅への入居を希望するが、間取りは3DKから1DKになる。高齢のため利用している介護ベッドを新居に置いたら、部屋がいっぱいになる。
現在もアパート取り壊しに反対する声はあるが、地元町会長の井上準一さん(69)は「希望を持って元気で移転しようと思っている」と言い切る。それでも一連の騒動で、競技場の足元で暮らしてきた住民の感情がかき乱されるのではないかと懸念する。「(競技場が)小さくなるんだったら、動かなくていいんじゃないかって思う人も出てくる。今になって何でという気持ちはありますよ」【武本光政】
◇都の再開発構想に影響も
新国立競技場を含む神宮外苑地区では、東京都が「スポーツの聖地」と位置づけた再開発構想を掲げる。ただ、新国立競技場の計画見直しで構想に影響が及ぶ可能性もある。
都は今年4月、ともに老朽化した神宮球場と秩父宮ラグビー場を場所を交換して建て替え、さらに新たなスポーツ関連施設を設ける構想を公表した。
構想によると、対象エリアは約17ヘクタール。20年大会前に日本スポーツ振興センター(JSC)がラグビー場を解体して五輪用の駐車場などに活用し、大会後は明治神宮が22年度末までに野球場をつくる。その後、現在の神宮球場と神宮第2球場を解体し、跡地にJSCが25年度末までにラグビー場を整備する。新ラグビー場完成までは新国立競技場を活用する。
ところが、19年5月だった新国立競技場の完成予定は、計画見直しで20年春にずれ込んだ。
秩父宮の解体開始時期は未定だが、一定期間、このエリアで大きなラグビー大会が開けない可能性もある。
日本ラグビー協会関係者は「『聖地』だったこの地域でラグビーができなくなるとしたら、一時的でも寂しい」と話す。【飯山太郎】