上手に悩むとラクになる

今回からは、大人のADHDの方の整理整頓術についてご紹介します。

今は空前の整理整頓ブームといっても過言ではないでしょう。毎日テレビでも雑誌でもネットでも「断捨離」「お片づけセラピー」などなど、いろいろなワードが飛び交っております。

大人のADHDの方に限らず、整理整頓されて欲しいものがすぐに取り出せる家に住むことは、大きな夢です。「衣食住」といわれるように、住む環境は人に大きく影響します。

忙しくて自分に余裕がないときには、部屋が一気に散らかりだしたりしますよね。まるで心を映し出されているかのようです。

性格にもよるかもしれませんが、部屋がきれいに片づくだけで、自尊心まで回復する感覚を持ったことはありませんか。反対に、散らかった部屋を目の前にして「ああ、もう情けない。自分にはまともに生きていく能力がないんだ」と落ち込んでしまうこともあるかもしれません。

大人のADHDの方が相談にみえるときに、部屋が散らかっていることをメインの悩みとしていらっしゃる方は、まずいません。そんなことは相談することではなく、自分でやるべきことだという意識が働いているのでしょう。

多くの方は、うつや不安といった二次障害が生じて初めて、医療機関やカウンセリング機関を訪れます。そして最初の面接で、医療者やカウンセラーから部屋の整理整頓について質問されて、初めて「実は……人も呼べないゴミ屋敷でして……しょっちゅう探し物ばかりしています」と答える、ということが多くあります。

多くの大人のADHDの方が、実は部屋の片付けで悩んでいるんです。

では、部屋の片付けはどの程度できていればよいのでしょうか。「きれい! 完璧モデルルーム」レベルから「ゴミ屋敷」レベルまで、部屋の状態はさまざまでしょう。まずは「必要なものが、探すことなくすぐに取り出せる」とか「重要書類等を失くさずに保管できる」とか「床に物が散らかっていない」あたりができていればOKです。

「物を捨てられなくて、収納場所に困る」というのは、わりとよくある一般的な悩みかもしれません。しかしADHDの方の場合、これにプラスして「物が捨てられなくて、床の上には常にごちゃごちゃと物が溢れ、よくつまずく。探し物ばかりで、印鑑すらどこにあるかわからない」という程度まで辛くなっているかんじです。

そこで今回のコラムでは、こうした状態をあらため、生活に支障ない程度まで片付けができることをゴールにします。

そもそもADHDの方は、どうして片付けをすることが苦手なのでしょうか。どうやら「衝動性」や「ワーキングメモリ」に関係があるのではないか、といわれています。

ここでいう衝動性とは、目の前の新しく興味を引くものにすぐさまとびついてしまうことです。

ADHDの人は、クローゼットや押し入れなどの収納容量を考えて、計画的に物を買うということが苦手です。代わりに「あ! これかわいい! 欲しい! 買おう!」と衝動買いをします。それをどこに収納するか、その代わりに何を処分してスペースを空けるか、なんてことは計画しません。その結果、物が増えても物が捨てられず、物があふれていくのです。(ああ、耳が痛い...)

またワーキングメモリとは、私たちが日常の動作の最中に短時間だけ記憶を保持しておく能力のことです。

たとえば、チラシに載っている電話番号を口にしながら電話をかけようとするとき、それこそ数秒ですが電話番号を一時的に記憶しますね。また、「2階に毛布をとりにいく」というときであれば、「よし、毛布をとってこよう」と一時的に覚えながら、階段を上って行くでしょう。

この「ちょっと覚えておく」というのがワーキングメモリです。ADHDの方は、このワーキングメモリの容量が小さいといわれています。

そのため、一時的でも電話番号が記憶できなかったり(耳からの記憶は定着しにくいため、口頭だけで伝えられた数字の記憶は特に苦手です)、2階に毛布をとりに行くつもりで横切ったリビングで、たまたまテレビで放映されていた前から欲しかった掃除機の通販番組に夢中になってしまい、何をしている最中だったかすっかり忘れてしまったり、といったことが起こります。

こんなふうなので、宅急便がきてはさみを使って開封した後に、はさみを元あった場所に戻す……なんてことは忘れてしまって、もう別のこと(たとえば、開封した宅急便の中身)に興味が移って新たな活動を始めていたりするのです。結果、はさみは置きっぱなしになり、次に使うときには、また大騒ぎで探しまわらなければなりません。

このようなプロセスが同じように何度も繰り返されることで、部屋のあちこちにやりっぱなし、やっている途中の痕跡が積み重なり、何がどこにあるかわからない部屋になってしまいます。

また、部屋が散らかった状態が続いてしまう別の原因として、「考え方」も影響しています。以前ご紹介したこの記事を参考にしてみてください。

大人のADHDに特徴的なスキーマ
http://apital.asahi.com/article/nayamu/2014042800017.html


この「対処方略」の中の

  • 予期的回避/先延ばし
    倉庫の片付けなんて、難しすぎて私にできるはずがない。身の丈を知ることだ。できもしないのに、下手に手を出さない方がいい

  • 擬似的成功感
    ほんとはやらなきゃいけない大掃除があるんだけど、私は今新聞の大事な記事を切り抜いたり買い物で忙しいの

  • 禁欲主義的思考
    私がきれいに整理整頓された部屋で人並みに暮らすなんて、贅沢で夢みたいな話なのよ。この散らかったままの部屋で過ごしていても大丈夫よ

といったあたりは、散らかった部屋に向き合わずに片付けを避けるための巧妙な言い訳になっていないでしょうか。

さて、次回からは片付けへの対処法をご紹介します。


◇                ◇


近日、大人のADHDの認知行動療法に関する書籍「Cognitive-Behavioral Therapy for Adult ADHD Targeting Executive Dysfunction」(Mary V. Solanto著)の翻訳書を出版させていただくことになりました。

前半は、プログラムを施行する専門家に向けた、大人のADHDの認知行動療法に関する内容、後半がワークシートとリーダーズマニュアルという構成で、この記事に興味を持ってくださった皆様にはぜひともお読みいただきたい本です。

発売時期はこの夏の終わりから秋で、詳細は未定です。詳しい時期が決まりましたら、こちらでお知らせさせてください。

中島美鈴 (なかしま・みすず)

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などの勤務を経て、現在は福岡県職員相談室に勤務。福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。
主な著書に「私らしさよ、こんにちは 5日間の新しい集団認知行動療法ワークブック」、「集団認知行動療法実践マニュアル」、「自信がもてないあなたのための8つの認知行動療法レッスン」、「くよくよ悩んでいるあなたにおくる幸せのストーリー」(共に星和書店)、共訳書に「もういちど自分らしさに出会うための10日間」、「不安もパニックもさようなら」、「人間関係の悩み さようなら 素晴らしい対人関係を築くために」(共に星和書店)など全14冊がある。趣味はカフェ巡りと創作活動。

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