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イラン核協議 最終的な合意
7月14日 19時09分

イラン核協議 最終的な合意
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イランの核開発問題の解決を目指して協議を続けている欧米など関係6か国とイランは、14日、外相級の全体会合を開き最終合意に達したことを明らかにしました。この後の記者会見で、合意内容の詳細が発表されるものとみられます。
イランの核開発問題の解決を目指している欧米など関係6か国とイランは、14日、オーストリアのウィーンで外相級の全体会合を開きました。
冒頭で、関係6か国側の調整役を務めるEU=ヨーロッパ連合のモゲリーニ上級代表は、「外交が数十年にわたる緊張と衝突を乗り越えられることを示す決断だ」と述べ、関係6か国とイランが最終合意に達したことを明らかにしました。また、イランのザリーフ外相も、「これは歴史的瞬間だ。今、新たな希望のページをめくることになる」と応じ、長期にわたる交渉が結実したことをたたえ合いました。
関係6か国のメディアは、外交筋などの情報として大きな争点となっていた核兵器の開発疑惑のある軍事施設への査察について、アメリカとイランの歩み寄りがあったとして、関係6か国とイランが最終合意に達したと伝えていました。
関係6か国とイランは、外相級の全体会合のあと記者会見を行う予定で、最終合意の詳しい内容を発表するものと見られます。

イラン大統領「新たな世界が開かれた」

今回の最終合意について、イランのロウハニ大統領は自身のツイッターで、「今回の協議は建設的に行われていた。不必要な危機が解消されたことで新たな世界が開かれた」と述べ、評価しています。

EU大統領「大きなターニングポイント」

今回の最終合意について、EU=ヨーロッパ連合のトゥスク大統領は、「13年のこう着状態に終止符をうつ進展だ。もし合意が完全に履行されれば、EUとイランとの協力の新しい道が開かれ、イランと国際社会との関係においてターニングポイントになる。地政学的に流れを一気に変える可能性がある。合意の文書はとても細かく、われわれは、敏感な地域性を考慮しながら合意の履行を見守る必要がある」というコメントを出しました。

イスラエル首相「イランは核兵器獲得の道を手に入れる」

イランの核開発を安全保障上最大の脅威と位置づけるイスラエルのネタニヤフ首相は、14日、エルサレムで開かれた記者会見で、「イランは核兵器を獲得するための確実な道を手に入れることになる。合意によってイランはこの地域、そして世界を侵略し、テロを引き起こすための資金を得ることができるようになる」と述べて、強く批判しました。

核開発問題と交渉の経緯

イランの核開発は、2002年、それまで秘密にされてきた核施設の存在を反体制派が暴露したことで発覚しました。イランは、原子力発電などの平和利用が目的だと主張したのに対し、国際社会は核技術の軍事利用を疑いました。
国連安全保障理事会が、2006年以降、核開発の停止などを求める制裁決議を繰り返し採択。2011年には、IAEA=国際原子力機関が「核兵器の開発に等しい研究を行っている」と指摘したのをきっかけに、アメリカやEU=ヨーロッパ連合が、イラン産原油の禁輸措置に踏み切るなど制裁を一段と強化しました。
さらに、イランと敵対するイスラエルが核施設への先制攻撃も辞さない構えを見せたため、軍事的な緊張が一気に高まり、「中東最大の火種」と言われました。この問題が、外交的な解決に向けて動き始めたのは、国際社会との対話を掲げるロウハニ大統領が誕生したおととしです。
交渉を続けていた欧米など関係6か国とイランは、この年の11月、核開発の制限と制裁の一部の緩和を盛り込んだ「第1段階の措置」で合意。ことし4月には、イランが核開発を大幅に制限していることが確認されれば、欧米側は制裁をやめるとする最終的な解決に向けた枠組みで合意し、先月末を期限として最終合意の実現を目指しました。
しかし、詰めの交渉は難航を極め、関係6か国とイランは、交渉期限を3度延長し、今月13日までの合意を目指して協議を続けてきました。

イランに対する制裁とは

1979年のイスラム革命以降、反米路線に転じたイランに対し、アメリカは独自の制裁を科してきました。
イラン・イラク戦争のさなかの1980年代には、イランをテロ支援国家に指定し、イランとの商取引を原則、禁止しました。
そして、2002年に核開発問題が発覚すると、国際社会を巻き込んで対イラン制裁の強化に乗り出します。国連安全保障理事会は、2006年以降、4回にわたってイランに対する制裁決議を採択。さらに、2011年、IAEA=国際原子力機関が「イランが核兵器の開発に等しい研究を行っている」と指摘したことを受け、EU=ヨーロッパ連合と足並みをそろえて、イラン経済の生命線とも言える原油の輸出を断ち、イランを国際的な金融システムからも締め出すことをねらった厳しい制裁に踏み切りました。
こうした制裁の結果、イランの原油の輸出量は制裁強化前の3分の1に激減。イランでは通貨リアルが大暴落して物価が急上昇し、市民生活は大きな打撃を受けていました。

アメリカとイランの対立の背景

イランの首都テヘランで、1979年、学生たちがアメリカ大使館を占拠した事件をきっかけに、アメリカとイランは1980年に国交を断絶し、鋭く対立してきました。2002年には、核開発問題が発覚。2005年に就任したイランの保守強硬派、アフマディネジャド大統領は、核開発を加速させ、イランを「悪の枢軸」と名指しするブッシュ大統領との間で軍事的な緊張が高まりました。
こうしたなか、2009年に発足したオバマ政権は、イランと対話する方針に転じます。イランでもおととし、国際社会との関係改善を目指した穏健派のロウハニ大統領が就任。直後に両首脳は、国交の断絶以降、初めてとなる電話会談を実現し、これをきっかけに両国は直接交渉を行う機会が大幅に増えています。
また、最終合意が実現したことで両国は、過激派組織IS=イスラミックステートとの戦いなどを巡り、協力する可能性が生まれるか注目されています。
過去にも、共通の敵であるアフガニスタンの反政府武装勢力、タリバンを巡り、秘密裏に共闘した実績があるからです。ただ、イランが中東のシーア派勢力などを通じ影響力を拡大していることに対し、アメリカ国内では根強い不信感があり、また、アメリカの同盟国イスラエルはイランと敵対しています。
オバマ政権は、今月キューバとの国交の回復に合意したばかりですが、30年以上にわたって断絶が続くイランとは問題が山積しており、国交の回復はまだ見通せていない状況です。

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