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イラン核協議合意 世界のエネルギー供給に影響7月14日 20時10分
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イランの核開発問題の解決を目指す欧米など関係6か国とイランは外相級の全体会合を開き、最終合意に達したことを明らかにしました。
今回の最終合意は、中東地域の安全保障や日本をはじめ世界の経済を支えるエネルギー供給にも大きな影響を与えるものとみられています。
今回の最終合意は、中東地域の安全保障や日本をはじめ世界の経済を支えるエネルギー供給にも大きな影響を与えるものとみられています。
今回の最終合意で、軍事利用が疑われてきたイランの核開発は、大幅に制限されることになり、紛争の絶えない中東で核の拡散を防ぐ大きな一歩となります。
また、核開発問題を巡ってイランと敵対するイスラエルが核施設への軍事攻撃も辞さない構えを見せ「中東最大の火種」といわれてきましたが、この最終合意によって当面は、その危機が回避されることが期待されます。
また、1979年のイスラム革命をきっかけにテヘランのアメリカ大使館占拠事件が起きたことで、アメリカとイランは国交を断絶し鋭く対立してきましたが、今回の最終合意で両国の関係修復が進み、過激派組織IS=イスラミックステートや内戦が続くシリア情勢など、中東の重要課題を巡って一定の協力に道を開く可能性があります。
さらに、経済制裁が解除されることによって世界屈指の豊富な埋蔵量を誇るイランの原油や天然ガスの輸出が大幅に拡大され、ヨーロッパの各国にとってはウクライナ情勢を巡って関係が悪化しているロシアに対する天然ガスの依存を減らす好機となるほか、日本にとっても原油の安定的な調達につながります。
そして、日本をはじめ世界の企業にとって人口が7800万に上るイランの巨大市場に進出するチャンスが大きく広がることになります。
また、核開発問題を巡ってイランと敵対するイスラエルが核施設への軍事攻撃も辞さない構えを見せ「中東最大の火種」といわれてきましたが、この最終合意によって当面は、その危機が回避されることが期待されます。
また、1979年のイスラム革命をきっかけにテヘランのアメリカ大使館占拠事件が起きたことで、アメリカとイランは国交を断絶し鋭く対立してきましたが、今回の最終合意で両国の関係修復が進み、過激派組織IS=イスラミックステートや内戦が続くシリア情勢など、中東の重要課題を巡って一定の協力に道を開く可能性があります。
さらに、経済制裁が解除されることによって世界屈指の豊富な埋蔵量を誇るイランの原油や天然ガスの輸出が大幅に拡大され、ヨーロッパの各国にとってはウクライナ情勢を巡って関係が悪化しているロシアに対する天然ガスの依存を減らす好機となるほか、日本にとっても原油の安定的な調達につながります。
そして、日本をはじめ世界の企業にとって人口が7800万に上るイランの巨大市場に進出するチャンスが大きく広がることになります。
日本とイランの経済関係
イランは世界有数の産油国であり、日本は1950年代から原油を輸入するなど、経済的に深いつながりがありました。
1979年のイラン・イスラム革命後も原油の取り引きや資源開発は続きました。しかし、2005年に就任したイランの保守強硬派、アフマディネジャド大統領が核開発を加速させたこともあり、欧米との関係が悪化。2006年、アメリカはイランの国営銀行とアメリカの金融機関との取り引きを全面的に禁止する措置を取りました。
こうした制裁強化のあおりを受けて2006年、日本の石油開発会社が関わっていたイランにある中東最大級の「アザデガン油田」について、75%の権益を10%台まで引き下げることになりました。
その後、2010年にはアメリカ側の要請を受ける形で日本はすべての権益を手放す結果になりました。金融を巡るアメリカの厳しい規制は日本の銀行にも及びました。三菱東京UFJ銀行は制裁対象となっていたイランなどに違法に送金を行っていたとして、2013年にニューヨーク州に2億5000万ドルの和解金を支払いました。
こうした厳しい制裁の影響もあって、イランから日本への原油の輸入量は毎年減り続け5年前の2010年には、輸入量のおよそ10%に当たる2060万キロリットルに上っていましたが、去年には、輸入量のおよそ5%のおよそ980万キロリットルにとどまり、5年間で半分以下にまで減っています。
今回、イランに対する経済制裁の解除が進むことになれば、日本の企業が原油の輸入拡大や資源開発を本格的に再開する可能性があります。
また、イランは中東最大規模のおよそ8000万の人口を抱え、将来的には有望な市場とみる日本企業もあり、まずは制裁の対象外である人道支援物資の分野、特に医療機器の取引拡大が期待されています。
1979年のイラン・イスラム革命後も原油の取り引きや資源開発は続きました。しかし、2005年に就任したイランの保守強硬派、アフマディネジャド大統領が核開発を加速させたこともあり、欧米との関係が悪化。2006年、アメリカはイランの国営銀行とアメリカの金融機関との取り引きを全面的に禁止する措置を取りました。
こうした制裁強化のあおりを受けて2006年、日本の石油開発会社が関わっていたイランにある中東最大級の「アザデガン油田」について、75%の権益を10%台まで引き下げることになりました。
その後、2010年にはアメリカ側の要請を受ける形で日本はすべての権益を手放す結果になりました。金融を巡るアメリカの厳しい規制は日本の銀行にも及びました。三菱東京UFJ銀行は制裁対象となっていたイランなどに違法に送金を行っていたとして、2013年にニューヨーク州に2億5000万ドルの和解金を支払いました。
こうした厳しい制裁の影響もあって、イランから日本への原油の輸入量は毎年減り続け5年前の2010年には、輸入量のおよそ10%に当たる2060万キロリットルに上っていましたが、去年には、輸入量のおよそ5%のおよそ980万キロリットルにとどまり、5年間で半分以下にまで減っています。
今回、イランに対する経済制裁の解除が進むことになれば、日本の企業が原油の輸入拡大や資源開発を本格的に再開する可能性があります。
また、イランは中東最大規模のおよそ8000万の人口を抱え、将来的には有望な市場とみる日本企業もあり、まずは制裁の対象外である人道支援物資の分野、特に医療機器の取引拡大が期待されています。
日本とイランの貿易の推移
財務省の貿易統計によりますと、日本とイランの貿易額は、ピーク時の2008年には2兆円を超えていました。
2008年の秋に起きた「リーマンショック」で、原油価格が大幅に下落したことに加え、2010年以降、欧米が厳しい経済制裁を打ち出したことなどから日本とイランの貿易額は縮小傾向が続いています。
去年の貿易額は、6799億円余りと、ピーク時に比べて3割程度にまで落ちこんでいます。このうちイランからの輸入のほとんどは原油です。
一方、日本からイランへの主な輸出品は自動車や重電機器などとなっています。
2008年の秋に起きた「リーマンショック」で、原油価格が大幅に下落したことに加え、2010年以降、欧米が厳しい経済制裁を打ち出したことなどから日本とイランの貿易額は縮小傾向が続いています。
去年の貿易額は、6799億円余りと、ピーク時に比べて3割程度にまで落ちこんでいます。このうちイランからの輸入のほとんどは原油です。
一方、日本からイランへの主な輸出品は自動車や重電機器などとなっています。