小学二年生の頃、昇降口前の傘立てにずっと置きっぱなしになっていた傘があった。
傘立てはクラスごとで使用場所が決められている。その傘は私がいる二組のエリアにいつの間にかあった。少なくとも、五月にはもうあったと思う。
梅雨時に、傘を忘れた男子がその傘を使おうと試しに開くのを見たことがあったので、模様は知っていた。緑と白のカバーが交互に並んでいて、白いカバーのひとつに「けろけろけろっぴ」が描かれている子どもっぽい傘だ。彼はサンリオ=女物というイメージがあったようで結局傘を使うことはなかったけれど、当の女子たる私は当時けろっぴが大好きで、内心、その傘の持ち主が誰なのかとても気になっていた。
それから梅雨が明けて七月。明日から夏休み、という日。終業式のあとで先生が傘を四五本持って教室に入ってきた。それらはすべて傘立てに置きっ放しになっていたもので、もちろんけろっぴの傘も一緒になって先生の腕に掛けられていた。
「夏休み前に傘を持って帰りましょう。この中に自分のものがある人は、前に取りに来て下さい」
次々クラスメイトが傘を取りに行って、先生の腕には、けろっぴの傘だけが残された。誰も取りに来ないそれを見下ろして先生は困った顔をしている。
その時、幼馴染である隣席のAちゃんがひそひそ声で話しかけてきた。
「あれ、(私)ちゃんの傘だよね?」
まるでタイミングを合わせたみたいに、私達から遠く離れた席でB君が手を上げて言った。
確か他にも何人か、私がその傘を差しているところをみたと証言していたと思う。私はびっくりしてしまって、先生が私の名前を呼んだのと同時に皆がいっせいにこっちを振り向いても、ちゃんと声が出なかった。
記憶はあやふやだけれども、その傘が自分のものではないことはきちんと伝えたと思う。けれど最終的にけろっぴの傘は「いったん」私が持ち帰ることになった。なんだかもやっとした気持ちを抱えながらそれを持ち帰った私は、母親に訳を話して、その傘を次の燃えないゴミの日に捨ててもらうよう頼んだ。
最初母親は本当の持ち主が現れるかもしれないからと学校へ返すことを勧めてきたが、どうせ皆その傘が私のものだと勘違いしているならば返したところで先生達を困らせるだけだと思ったので、どうにか説得して了承を得た。
あの時私は、AちゃんB君らクラスメイトに陥れられたのか。昔から私のけろっぴ好きを知っていたAちゃんが、私が喜ぶと思ってそんな嘘をついたのか。ドッペルゲンガーでもいたのか。それとも私が本当にけろっぴの傘の持ち主で、印象の強い出来事だけを覚えているためにこんな不思議な話になってしまったのか。
入梅して、色とりどりの傘を差す子どもを見かける季節になるたびに何十年も考えているんだけれども、納得できる答えはいまだに出ない。
突然なんでこんな話を思い出したかっていうと、車庫の片づけをしていたら二階の物置部分からその傘が出てきたからです。
今度こそ捨てたい。