朝型勤務がダメな理由
ナショナル ジオグラフィック日本版 5月14日(木)10時35分配信
最近、「朝型勤務」が話題だ。言い出しっぺの政府から範を垂れるということか、まずは今夏7〜8月に国家公務員の始業時間を原則1〜2時間前倒しすることを決めたらしい。この種の話は時々登場しては自然消滅するが、今回は安倍首相が閣僚懇談会で朝型勤務の推進を直接指示したそうだから、これは重い。実際、厚生労働大臣名で経団連、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会に朝型勤務推進の協力を要請したとのことで、その本気度が伺い知れる。
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私の勤務先は行政府とのつながりが深く、現在でも厚労省関係の研究事業を数多く請け負っているし、医療政策上の提言などもする。国が決めた施策に真っ向から異論を唱えるのはいささか具合が悪い面もあるのだが、率直に言ってこの朝型勤務は「いただけない」。多数の労働者とその家族に心身両面の負担をかけることになるため、実行するのであれば少なくともセーフティネットを張る必要がある。
人の生活スタイルを大きく変えようというのであるから、範を垂れる前に義を説く必要がある。行政や企業側の考える朝型勤務の義とは何か? 立ち位置によって表現は若干変わるが、共通して挙げられている“メリット”は以下のようなものだ。
・残業を減らせる
・生産性が向上する
・社員のライフワークバランスが改善する
このコラムは睡眠がテーマなので、「減るのは会社での残業だろ!」とか余計な突っ込みは止めておこう。朝型勤務がデメリットだらけと主張するつもりもない。従来の勤務時間やフレックスタイム制と同様にメリットもデメリットもある。しかし、あえて今、労働者にとってハードルが高い朝型勤務を、唐突に、さしたる根拠もなく、大手から中小企業までの幅広い労働者層に一律押しつけようとするのか理解しがたいのである。
朝型勤務と似た制度としてサマータイムがある。ご存じの読者も多いと思うが、サマータイムでは3月の第2日曜に時計を1時間進め(夏時間)、11月の第1日曜に標準時刻に戻す。今回公務員を対象に行う朝型勤務は期間は2カ月と短いが、変動幅は1時間以上と欧米のサマータイムよりも大きい。実はこれ、事故や体調不良を引き起こす最悪パターンである。
というのも、米国、フランス、ドイツ、カナダなどサマータイムをすでに導入している欧米各国の研究者の調査によれば、時刻の切り替え時期(特に夏時間への移行時期)に死亡事故や心筋梗塞など心身の不調が顕著に増加することが明らかになっているからである。勤務時間をコロコロ入れ替えるのが一番よくない。しかも、1時間の変更でも人々の安全や健康に多大な影響があるのに2時間も前倒ししたら……。公務員の方は要注意である。
ではサマータイムのメリットの方はどうであったか。残念ながら、期待された省エネ効果はさほどでもないことも明らかになってしまった。先の調査に関わったフランスの議員団はこれらの結果を受けて、このような人為的で不自然な制度は止めるべきであると勧告している。すなわち国際的には時代遅れの制度なのである。
日本でも福田内閣時代にサマータイムの導入が検討されたが、先のような反論が数多く出され結局見送られた。あの時の論議は忘れられたのであろうか? 「朝型勤務」などと名称を変えてもこれは改悪版サマータイムであり、科学的な視点から見ればその導入には理がない。