ゾウ密猟の巣窟2カ所を特定、糞のDNA鑑定から

集めたゾウ糞1350個、タンザニアとコンゴ盆地が浮上

2015.06.23
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タンザニアのセレンゲティ国立公園内に仕掛けられたワイヤー罠で鼻を切断されかけたゾウ。2009年から2014年までの5年間にタンザニアのゾウが60%も減少した。象牙目的の密猟が主な原因と考えられている。(PHOTOGRAPH BY MICHAEL NICHOLS, NATIONAL GEOGARPHIC CREATIVE)
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「トーゴからサンプルが届いたぞ」

 米ワシントン大学保全生物学センターのサミュエル・ワッサー所長が段ボール箱を研究室に持ち込んできた。中身は、ゾウの糞だ。
 同じ日に届いた別の荷物には、象牙の破片が詰め込まれている。ケニアで当局に押収された密輸品だ。

 ワッサー氏の研究チームは、密輸象牙の由来を探るため、15年前から象牙に含まれるDNAとゾウの糞に含まれるDNAのマッチングを行ってきた。その結果、2006年以降に押収された象牙の多くが、アフリカの2つの地域、タンザニアとコンゴ盆地から来ていたことが新たに判明したと、先週、学術誌『サイエンス』に発表した。

 象牙の出所の1つはアフリカ東部、タンザニア南東部からモザンビーク国境にかけての地域。草原やサバンナに暮らすアフリカゾウ(サバンナゾウ)の牙は、ほとんどがこの地域のゾウからとられたものだった。(参考記事:「ゾウの60%が消えたタンザニア、その原因は」

 もう1つの出所はアフリカ中央部。ガボン、コンゴ民主共和国、中央アフリカ共和国の国境に近いコンゴ盆地のトリダムと呼ばれる熱帯雨林地域だった。ここで密猟され、違法に取引されていたのは、森林に暮らすアフリカゾウの亜種マルミミゾウの牙だった。
 ちなみに、サバンナゾウもマルミミゾウもアフリカゾウの亜種だが、遺伝学的にはライオンとトラほども違っている。

 ワッサー氏らはこの論文で、「われわれのデータが示すように密猟多発地域が集中しているなら、国際的な規制強化によってゾウの密猟を大幅に減らせるかもしれない」と述べている。「この2つの地域で取り締まりを強化することで、密輸象牙の最大の供給路をつぶすことができるでしょう」

ゾウの糞に含まれるDNAと密輸象牙の破片に含まれるDNAのマッチングにより、アフリカの東部と中部の2カ所の密猟多発地域が特定された。(PHOTOGRAPH BY KRISTA ROSSOW, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 1989年に象牙の違法な取引が禁止されてから25年間あまりが経過した現在、アフリカゾウは種の存続が危ぶまれるほどのペースで殺害されている。アフリカで切り落とされたゾウの牙は、密輸を通じて貪欲なアジア市場に消えてゆく。

 2014年の調査によると、直近の3年間で10万頭ものゾウが密猟者によって殺害されたという。また、2009年から2014年までの間に、タンザニアではゾウの個体数が60%も減少し、モザンビークでも50%近く減少した。アフリカ中央部のマルミミゾウも10年以内に絶滅するおそれがあるという。

象牙はどこから来たか

 今回ワッサー氏のもとに届いた象牙の破片は、すべてケニア・モンバサのキリンジ港で押収された。キリンジ港は大きな港で押収量も多かったため、組織化された密売ネットワークが関与していたにちがいない。

 ただし、ケニアで押収されたからといって、これらの象牙がケニアのゾウ由来とはかぎらない。象牙の供給地をごまかし、当局による取り締まりを逃れるために、密輸人は輸送ルートや経由地をいろいろ変えてくるからだ。

 ワッサー氏が象牙とゾウの糞のDNA鑑定を行う必要があると考えたのは、そのためだ。彼はまず、アフリカからゾウの糞のサンプルを送ってくれる協力者のネットワークを構築した。協力者たちは、ゾウの糞を発見したら、その場所の経度と緯度の情報を添えてワッサー氏の研究室に送ってくれる。

 研究チームは、アフリカの29カ国で採集された1350個の糞のサンプルの遺伝子型を分析して、各地の個体群に特徴的な遺伝子型のデータベースを作成した。このデータと押収された違法象牙のDNAの特徴を比較すれば、どの地域の個体のものかが明らかになる。

 ワッサー氏の研究室には、ケニアだけでなく、フィリピン、台湾、タイ、マレーシア、香港、シンガポール、マラウイ、スリランカ、トーゴ、ウガンダの当局が押収した象牙の破片が送られてくる。

 ワシントン条約締結国は2013年に、0.5トン以上の密輸象牙が押収された場合には必ず専門機関に送付して由来を明らかにすることを満場一致で決定している。つまり、ワッサー氏の研究室に送ってDNA鑑定をしてもらうのだ。(参考記事:ナショジオ2010年1月号「売られる野生動物」

 現在では、ほとんどの象牙について、誤差300kmの範囲で密猟地を特定できる。データベースが大きくなり、分析するサンプル数が増えれば、もっと狭い範囲まで絞り込めるはずだ。

2002年にシンガポールで押収された6.2トンの象牙のほとんどが、その9年後にここケニアで焼却された。2013年、各国政府は、大量の象牙が押収された場合には、供給地を明らかにするためにDNA鑑定を実施することに同意した。DNA鑑定は、象牙密売ネットワークを分断するための切り札だ。(PHOTOGRAPH BY BRENT STIRTON, REPORTAGE BY GETTY/NATIONAL GEOGRAPHIC)
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DNA鑑定から犯人逮捕へ

 世界自然保護基金(WWF)のTRAFFICプログラムのシニアディレクターとして野生動物の国際取引を監視しているクロフォード・アラン氏は、DNA鑑定は象牙の違法取引を取り締まる切り札になると考えている。

 昨年6月には、ワッサー氏の研究室の報告書が決め手となって、トーゴの象牙密売人の「ボス」ことエミール・ヌブケ容疑者に有罪判決が下された。ヌブケ容疑者は当初、備蓄していた大量の象牙はすべてチャド政府から贈られたもので、チャドでワシントン条約が発効する1990年より前のものだと主張していた。

 けれども、放射性同位体の分析から、象牙は新しいものであることが明らかになり、ワッサー氏のDNA鑑定からは、チャドではなくコンゴ盆地のゾウのものであることが示された。これによりヌブケ容疑者は、トーゴの法律では最も重い2年間の懲役に服することになった。

 ワッサー氏の研究室には、ゾウの群れの写真が飾られている。次々届く象牙の破片が、生きたゾウのものであったことを決して忘れないように。


【動画】密輸象牙はこうして使われる
2年以上かけて象牙の違法取引の実態を調査した著者ブライアン・クリスティが、密輸先であるアジア各国で象牙が聖像に加工され、信仰に利用されている現状を語る。

文=Brooke Jarvis/訳=三枝小夜子

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