この100年余りで、サメの襲撃が確実に増えている。
米フロリダ自然史博物館がまとめている『国際サメ襲撃ファイル(ISAF)』の報告によれば、「1900年以来、人為的に誘発されたのではないサメの襲撃は、世界中で着実に増加している。どの10年間をとっても、直前の10年間より件数が多い」状況だという。
6月に入り、米ノースカロライナ州でサメとの遭遇事故が続発している。くしくも今月は、映画『ジョーズ』の公開から40周年という節目だ。
6月14日、ノースカロライナ州ウィルミントンの南にあるオークアイランドの海水浴場で、10代の少年と少女がそれぞれ数時間のうちにサメに襲われた。2人は地元の病院で手当てを受け、回復に向かっているが、いずれも左腕をかみちぎられる重傷を負った。
その3日前には、48キロ離れた海岸で13歳の少女がやはりサメにかまれている。少女は足に切り傷を負ったが、重傷には至らなかった。
それでもノースカロライナ州当局は、こうした事故は統計上非常にまれであり、州内の海水浴場は安全に過ごせると強調している。フロリダ自然史博物館によれば、海で遊泳者がサメにかみつかれる確率は1150万回に1回という低さだという。
16日の時点で州当局は事故があった海水浴場の見回りを続けており、浜辺から約30メートル以内を泳ぐなど「攻撃的な行動」を取るサメはすべて安楽死させる方針を発表した。サメの専門家は、被害を与えたサメはとうに現場を去っている可能性が高いとして、この対応を批判している。
では、サメの被害に遭わないためにはどうすればいいのか。知っておきたい点をまとめてみた。
人を襲うのはどんなサメなのか?
サメによる襲撃被害を調査しているフロリダ自然史博物館のサメの専門家ジョージ・バージェス氏は、ノースカロライナ州の事故では、被害者が受けた傷から見て大型のイタチザメかオオメジロザメによる可能性が高いと話す。この2種は浜辺のすぐ近くでよく目撃され、ときどき人にかみつくことが知られているという。
映画『ジョーズ』で不朽の知名度を誇るホホジロザメも、時折人を襲うことがある。その他、今年に入って世界各地で人との遭遇事故を起こしているサメとしては、アオザメ、コモリザメがおり、ニシレモンザメ、ハナザメも時たま人を襲うことが分かっている。
サメはなぜ人を襲うのか?
事故の多くは「人に誘発された」ものだ。水中銃で漁をしているときや、サメを釣ろうとしたり、釣ったサメを釣り糸や網から放したりするときに人がかまれることが多い。人が誘発していないケースでは、サメが人をいつもの捕食対象と勘違いする事故が最も多い。たいていはサメの視力が悪いせいで、例えばサーファーは長時間を海で過ごし、しきりに水しぶきを上げる様子が餌の魚に似ているため、最も襲われやすい。
なぜサメによる襲撃が増えているのか?
個々の年を見ればサメの襲撃は非常に少ないため、短期的な統計解析では正確さに欠けるが、長期的なトレンドを見れば件数は確実に増加している。その理由の1つとして、通報の頻度が上がったためだろうとフロリダ自然史博物館はみている。
しかし、事故件数が増えた最大の理由は、「人が海で過ごす時間がかつてないほど長くなっており、必然的にサメと人との接触機会が増えている」ことだと同博物館は指摘する。加えて、人口が増えていることも大きな要因だ。
『国際サメ襲撃ファイル』によれば、今年に入ってから現在まで、人からの誘発によらないサメの襲撃は世界中で29件発生しており、そのうち米国での事故は14件。昨年は誘発によらない襲撃件数は世界で72件であり、前年の75件からわずかに減少していた。
実際にサメが襲ってきたら、どうすればいい?
同博物館によれば、サメの鼻を殴れば普通はそれ以上攻撃してこない。あとは岸へ逃げればよい。
それが効かなければ、敏感な部位である眼とえらの開口部をひっかく。「攻撃を受けたら、受け身の行動を取るべきではない。サメは相手の体格と力を重視するからだ」と同博物館はしている。
「A.水しぶきを激しく上げる B.眼を攻撃する C.死んだふりをする」の3つの選択肢のうち、実際にサメに襲われたときは「B」が正解。サメに襲われるケースは非常にまれだが、もしかしたら生死を分ける知識になるかもしれない。
サメに襲われる確率を下げるには?
どこであれ、海で泳げば「野生生物と遭遇しうる」ことを忘れてはいけないとバージェス氏は注意を促す。サメに襲われる可能性はもともと低いが、さらに万一のことに備える方法はいくつかある。まず、サメの繁殖地と分かっている場所は避けるべきだ。最近では、ブラジルのレシフェがその1つであることが判明している。
サメの安全性を研究するクリストファー・ネフ氏は、荒天時やその後に海で泳ぐのは避けた方がよいと話す。海水がにごり、餌となる魚がかき回されるため、サメが盛んに餌を取ろうとするからだ。同じ理由で、日の出や日没時の遊泳も避けた方がよい。また、アザラシなどサメの餌となる動物がいる場所や、漁師が魚の内臓を捨てている場所もサメが寄ってきやすい。
サメへの餌やりもすべきではない。サメが混乱したり、人と餌を関連付けるよう学習したりする可能性がある。
その他の安全策は?
サメは血に引き寄せられるので、開いた傷口がある場合は遊泳すべきではない。また、サメはもともと好奇心が強いため、光る物体に寄ってくることもある。
ネフ氏は加えて、1人で泳いだり、沖へ行き過ぎたりすることや、水しぶきをあまりに激しく上げるのもやめた方がよいと話す。
「海で『ジョーズごっこ』をしていたら本当にサメが寄ってきたという事例はいくつもあります」とネフ氏。
サメよけのウエットスーツや機器は有効?
サメを寄せ付けないという模様を施し、シャチやミノカサゴにまで効くとうたうウエットスーツやサーフボードを多くの企業が販売しているが、こうした製品が本当に有効なのかどうかはまだ何とも言えない。
米ロードアイランド大学でサメの生態を研究するブラッドリー・M・ウェザビー氏はナショナル ジオグラフィックに対し、「役に立つかどうかはかなり疑わしい」とみる。
化学薬品や電気を用いたサメよけの方法も有効性が研究されているが、実用化までの道のりはまだ遠い。
沖でサメを安楽死させる対策の効果は?
バージェス氏の答えはノー。サメは非常に行動範囲が広く、1シーズンに何千キロも移動できるため、1地点で駆除しても意味はない。最近ではオーストラリア西部で人への被害を減らすため、ホホジロザメの駆除が始まったが、科学者から厳しい批判を浴びている。(参考記事:「“ホホジロザメ追跡”がネットで話題に」)
1950年代にもハワイでサメの駆除が行われたが、各地のサメの駆除についてデータを分析した米カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の海洋生物学教授クリス・ロウ氏は「人への被害件数に目立った効果はなかった」と話す。
サメによる襲撃と経済は関係がある?
関係がある。海水浴客が増えれば増えるほど、サメとの遭遇が起こる確率も上がるため、襲撃事故も増加する傾向にある。景気が低迷し、特に観光業の落ち込みが目立った2011年は、米国内での人の誘発によらないサメの襲撃事故は29件にとどまった。これは、前年までの10年間の平均である年39件を10件下回っていた。(参考記事:「サメ襲撃の死者が増加、原因は観光?」)
人に殺されているサメの方が多いのでは?
比較にならないほど多い。専門家は、漁業で人間に殺されているサメは毎年約1億匹にも上ると推定している。持続不可能なペースであり、多くの種の存続が脅かされていると考える専門家は少なくない。サメは繁殖の間隔が長いため、乱獲による打撃を特に受けやすいのだ。(参考記事:「サメたちの楽園 バハマの海」)
サメのひれはアジアの一部で珍味とされるほか、肉や皮目当てで漁獲されることもある。望まれない「雑魚」として漁具に引っ掛かることも多い。
苦境のサメが多いのに襲撃が増えるのはなぜ?
米国から南太平洋の島々まで、サメ漁の禁止を法制化し推進する国が相次いでおり、その結果、局地的には個体数回復の兆しが見えている。だが違法操業の問題もあり、保護活動の全体像は分かっていないのが現状だ。