不思議なフリーメイスン
『ピノッキオ』から軍縮論まで
(文・竹下節子)
フリーメイスンとは何か
ディズニー・アニメでもおなじみの『ピノッキオの冒険』が実はフリーメイスンの寓話だと解説するイタリアの研究がある。木が職人の手によって人形になり、怠惰で噓つきな生き方から数々の試練を経て成長し真の人間になるのは、フリーメイスンの入会における通過儀礼を表しているというのだ。
1883年にカルロ・コッローディによって書かれたこの児童文学の古典(初出の児童雑誌の編集長はフリーメイスンだった)は、言われてみればたしかに自己形成をテーマにした「教養小説」に似た構成を持っている。
「教養小説」の古典と言えば1796年に発表されたゲーテの『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』が有名だ。
主人公(「マイスター」はフリーメイスンにおける「親方」の位階も意味する)は旅の途中のさまざまな出会いを通して最後に自分が「塔の結社」によって導かれていたことを知る。その一員となり仲間とともに理想の共同体をめざして新大陸アメリカに渡るのだが、「塔の結社」の自己練磨システムや理想の追求には、ゲーテ自身がワイマールで入会儀礼を体験したフリーメイスンのイメージが投影されている。
同時代のアメリカの独立戦争、フランス革命にフリーメイスンのメンバーが活躍したこともゲーテはよく知っていた。
近代フリーメイスンは、中世にヨーロッパ中を移動してカテドラルを建設した石工の同業組合をモデルにして、近代ヨーロッパ社会における個人の政治的社会的な自立をめざして18世紀初めに生まれたとされる。そのフリーメイスンは、本当に近代市民革命の原動力になったのだろうか。
18世紀は啓蒙の世紀だった。16世紀に起こった宗教改革によってローマ・カトリック信者とプロテスタント諸派が戦争を続け、一応の平和と棲み分けに達するのに1世紀以上もかかった。
その教訓から、宗派の教義と距離をおいて寛容を説く理神論が知識階級のあいだに広がった。その「神」は宗派を超えた宇宙の設計者であり創造者だ。ローマ教会の権威に激しく反発する反教権主義者やさらに過激な無神論者、物質主義者とは違って、宗教的、哲学的、教育的なモラルをミックスした霊性が志向された。
政治や権力の道具と化していたヨーロッパのキリスト教が、「被造物としての人間は神の前では平等で自由であり、同胞として愛し合わねばならない」というルーツに戻ったとも言える。
フリーメイスンがそれを用意したのではない。フリーメイスンは、同胞愛に基づく新しい普遍主義を掲げた啓蒙の世紀が試みたユートピアのひとつの表出だったのだ。
なぜ陰謀論と結びついたのか?
そんなフリーメイスンが、いつしか「陰謀論」で名を挙げられる常連になってしまったのはなぜだろう。
理由のひとつはフリーメイスンが広まった18世紀後半が、同時に異教の神秘主義やオカルティズムがもてはやされた時代だったことにある。帝国主義ヨーロッパの国々が世界の各地で古代宗教の儀礼に出会ったことでキリスト教が相対化された。時代の好みに合った古代の神秘やオカルトが、キリスト教同士の争いを超えた平和と進歩を求めるフリーメイスンに採用されたのだ。
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フリーメイスンは陰謀論のなかで、同様の志向を持ったイリュミナティや薔薇十字団などの結社だけではなくユダヤ人やヴァティカン(ローマ教会)とさえ組み合されている。その理由はやはり「秘密」性だろう。
人間を中世的不平等から解放してすべての個人が内的な成長を遂げるよりよい社会をめざすはずのフリーメイスンが、メンバーの結束を優先する共同体主義の「秘密結社」でもあることは矛盾するように見える。
フリーメイスンが、成人男性オンリーのクラブ文化の伝統のあるイギリスで生まれたという事情もあるが、その秘密性の最たる理由は、宗派を問わない政教分離空間をつくること自体が近代初期においては反体制的でリスクを伴ったからだ。秘密性は「表現の自由」を確保する自己防衛だった。
当然ながら、現代社会ではその秘密性はほとんど意味を持たないのだが、秘密性は陰謀論におけるフリーメイスンに翼を与えつづける。
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