山本一郎さんの謎議論 - 「世代間格差の是正」でなく全世代での「富裕層と貧困層の格差是正」が必要です

井上伸 | 国家公務員一般労働組合執行委員、国公労連書記、雑誌編集者

貯蓄ゼロの単身世帯(年齢別)

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山本一郎さんに「「シルバーデモクラシー」問題における井上伸さん辛坊治郎さんや池田信夫さんの謎議論」というエントリーで大変丁寧な指摘をしていただきました。

相対的貧困率は高いけど、高齢者世帯の1世帯あたり資産額は2,400万円ほどあるわけです。40歳未満だと保有資産は平均600万円もないのにね。

出典:山本一郎さん 「シルバーデモクラシー」問題における井上伸さん辛坊治郎さんや池田信夫さんの謎議論

いちばんのポイントは上記になると思います。それで、まず相対的貧困率はあまりたいした問題じゃないんじゃないかというような指摘なんですが、その点については阿部彩首都大学東京教授が分かりやすく解説してくれています。

いま、日本の相対的貧困率は16%です(厚生労働省推計)。つまり、6人に1人が相対的貧困の状況と言うことです。特に、近年、急激に貧困率が増えているのが、20歳代。そして、一人暮らしの女性、男性です。勤労世代(20~64歳)の一人暮らしの女性の3人に1人、男性の4人に1人は相対的貧困状況にあります。

若くて、元気であれば、年間所得122万円以下でも、それほど問題を感じずに暮らせるかもしれません。しかし、いったん病気になってしまったり、職を失ってしまったりすると、たちまち貯蓄は底をつき、日々の暮らしにも困るようになります。また、将来へのキャリアアップや、家族形成(結婚や出産)、老後のための年金保険料といった、ライフプランも、立てにくいことも事実です。実際に、所得が低い非正規労働者は、正規労働者に比べて未婚率が高く、家族形成が難しいことがわかっています。

巷では、景気回復の兆しが新聞等を賑わせていますが、貧困層の人々には、その恩恵は遠く感じられるでしょう。なぜって、日本の貧困率は1980年代から、ずっと、悪化し続けているからです。1980年代から2010年代まで、好景気の時期もありましたが、貧困率の減少は見られませんでした。日本だけではありません。先進諸国においては、1970年代から見ると、経済成長が、社会の底辺の人々の勤労所得を増加させなかったという研究が発表されています。アベノミクスだけでは、だめなのです。

阿部彩首都大学東京教授「ニッポンの貧困」について知っていますか?――6人に1人が“相対的貧困”

阿部彩さんが指摘しているように、6人に1人になる相対的貧困状態にある人は、いったん病気になってしまったり、職を失ってしまったりすると、たちまち貯蓄は底をつき、日々の暮らしにも困り、家族形成や老後のライフプランも立てにくいわけです。なので、相対的貧困率が高いということは、日々の暮らしにも困る人が多いわけですから、資産の形成もできない人が多いということでもあります。

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上のグラフは、以前「安倍政権下でトップ0.7%の富裕層は増大、20歳代5割・単身4割は貯蓄ゼロになり貧困と地域間格差拡大」で紹介したものです。相対的貧困率が高まるなかで、貯蓄ゼロの単身世帯は4割近くまで増えています。年齢別で見ると60歳代も30.7%が貯蓄ゼロなのです。そうすると高齢層は相対的貧困率は高い、貯蓄ゼロも3割となりますから大変な事態が起こります。昨夜のNHKクローズアップ現代にも登場した藤田孝典さんが「増え続ける「下流老人」」「老後破産」「高齢者の住まいの貧困」などの問題をリアルに告発していることを見れば明らかです。

下流老人は、いまや至るところに存在している。

スーパーマーケットでは、見切り品の惣菜や食品を中心にしか買えずに、その商品を数点だけ持って、レジに並ぶ老人。

そのスーパーマーケットで、生活の苦しさから万引きをしてしまい、店員や警察官に叱責されている老人。

あるいは、医療費が払えないため、病気があるにも関わらず、治療できずに自宅で市販薬を飲みながら痛みをごまかして暮らす老人。

夏場に暑い中、電気代を気にして、室内でエアコンもつけずに熱中症を起こしてしまう人。

家族や友人がいないため、日中は何もすることがなく、年中室内でひとりテレビを見ている状態にある人。

収入が少ないため、食事がインスタントラーメンや卵かけご飯などを繰り返すような著しく粗末であり、3食まともに取れない状態にある人。

ボロボロの築年数40年の持ち家に住んでおり、住宅の補修が出来ないため、すきま風や害虫、健康被害に苦しんでいる人。

わたしたちのもとに相談に来られる高齢者はこのように後を絶たない。

藤田孝典さん 増え続ける「下流老人」とは!?ー年収400万円サラリーマンも老後は下流化する!?ー

2014年12月4日に放送されたNHKクローズアップ現代「犯罪を繰り返す高齢者~負の連鎖をどう断つか~」では、急増する高齢者犯罪の背景に高齢者の貧困問題があると指摘されていました。湯浅誠さんが「すべり台社会」は、三層のセーフティネット(雇用・社会保険・公的扶助)がいずれも機能不全で、「刑務所が第四のセーフティネット」となり、「塀の外では食べていけない」から、生きるため、食うために罪を犯し、刑務所に入っているというところにまで現実は来ていると指摘していたのと符号しています。実際、法務省「犯罪白書」2014年版によると、以下のように一般刑法犯の高齢化が進んでいるのです。(※もちろん相対的に高齢者の人口が増加しているといこともあるでしょうが)

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それから、上のグラフは、厚生労働省の社会保障審議会生活保護基準部会の資料で、年齢階層別に生活保護受給者数の推移を見たものです。全体の51%が60歳以上で、しかも「60歳以上の高齢者の伸びが大きい」と厚生労働省も指摘しているわけです。

以上、見て来たように高齢者の貧困は深刻です。そして、子どもの貧困も若者の貧困も女性の貧困も深刻であることは、これまでも以下のエントリーで私自身、繰り返し指摘してきました。

◆自販機の裏で暖を取り眠る子ども、車上生活のすえ座席でミイラ化し消えた子どもたちの声が届かない日本社会

◆子どもを車上生活や路上生活に陥らせ白骨化し遺棄する日本社会-貧困なくす公的支出が欧州の半分もない日本

◆ベビー服や絵本等が国から届くフィンランドと、衣食住不足し教育も医療も受けられない日本の子どもの貧困

◆シングルマザー襲う世界最悪の賃金差別、子どもと向きあえない時間的貧困、働くと英の10倍に上がる貧困率

◆ビリギャルの「努力」と駅前トイレで寝泊まりするトリプルワークの女子高生の「努力」する前提すらない貧困

◆ブラックバイトに食い潰される学生、奨学金返済で困窮し20代ホームレス増、サラ金借り入れの7割は若者

◆若者をローン地獄に突き落としブラックバイト・ブラック企業の人権侵害誘発する世界最悪の日本の奨学金

◆8年間で就活自殺302人、人口全体の6倍高い就活自殺率(13年)、残業代ゼロは若者雇用悪化を加速する

◆若者を自殺に追い込む日本社会-8時間労働守らない「残業代ゼロ」法案はさらに雇用劣化させ若者の命を奪う

◆先進国最低の公的支出・若者雇用破壊・女性差別で子ども数過去最少、子育て時間奪い少子化促進する安倍政権

◆日本はOECD32カ国で最悪の自己責任社会 - 5年連続最下位の教育支出、貧困なくせない税・社会保障

日本において、子どもも若者も女性も高齢者も貧困が深刻化しているのです。ですから、高齢者から子どもや若者に富を移転すればいいというような問題ではまったくないのです。じゃあどうすればいいかは、ピケティやOECDがすでに結論を出しています。

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上記はOECDが昨年12月に発表した「所得格差は経済成長を損なうか?」の結論部分です。「世代間格差の是正」ではなくて、「富裕層と貧困層の格差是正」が必要なのです。そのことについても繰り返し指摘してきました。

◆アベノミクスで日本の富裕層の増加率(22.3%)は世界一、ワーキングプアはこの1年で30万人も増加

◆日本の富裕層トップ1%が世界一富を拡大、ワーキングプア30万人増、貯蓄ゼロ19%増(2012-13)

◆最低賃金で働く労働者の年収の1050年分がトップの役員報酬1年分と同じ

◆ユニクロ柳井正会長兼社長の報酬は中国労働者賃金の1131倍-日本でも過酷労働や低賃金は仕方がない?

◆「ピケティの罠」の罠=世代間格差拡大が日本の格差問題とする大竹文雄氏のウソ

◆トマ・ピケティ『21世紀の資本』は貧困増大と暴力的な格差の土台築くアベノミクスに警鐘を鳴らしている

結論は、すでに「子どもを車上生活や路上生活に陥らせ白骨化し遺棄する日本社会-貧困なくす公的支出が欧州の半分もない日本」の中で、唐鎌直義立命館大学教授の指摘を紹介していますが、最後に再掲しておきます。

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高齢者のところの社会保障もまだ欧米のレベルに達していないと言うべきでしょう。高齢者の社会保障から若い世代の社会保障に振り替えるという方向性も間違っているのです。高齢者のところも含めて、今のEUレベルの社会保障まで引き上げていくということが大切なのです。

世代間不公平の視点ではなく、所得の垂直的再分配が必要です。すでに指摘したように、それが社会保障の肝といいますか、命なのです。そこに国民の視点を持っていかせないように、いろいろな分断策が講じられているわけです。その最たるものが高齢者と若い世代の世代間の利害対立で、その次が男性と女性、さらに正規労働者と非正規労働者、サラリーマンと自営業者、都市と農村など、格差が認められるいろいろなところに分断の仕掛けがつくられていて、統一して社会保障の拡充を求めることができないようにされているわけです。逆に言うと、労働組合が理論的にその分断を切り崩していけば大きな新しい力になっていくと私は思っています。

(追伸)それから、何気に国家公務員の賃金が高いかのようなことも山本一郎さんは言っていますが、国家公務員も民間労働者と同じで階層化されているのです。トップ3%のキャリア官僚がピラミッドの頂点に立って「政・官・財癒着」の甘い汁を吸い、最下層に置かれる「官製ワーキングプア」は劣悪な処遇に置かれているのです。私たち国家公務員一般労働組合(国公一般)のスローガンは、「なくそう!官製ワーキングプア」です。国公一般の執行委員には、現在、霞が関で懸命に働いているけれど「官製ワーキングプア」状態に置かれている仲間もいます。私たち国公一般は、不当な解雇・賃下げ・パワハラ・セクハラ・マタハラなどにさらされ「官製ワーキングプア」状態に置かれている非正規公務員から毎日のように労働相談を受け、団体交渉を行い、不当な雇用・労働条件を改善させています。私たち国公一般は、山本一郎さんが言われている「平均661万円の年収を貰っている国家公務員の皆さんの労働組合」ではありません。この「平均661万円の年収を貰っている国家公務員」の中に、「官製ワーキングプア」は入っていないのです。厚生労働省の「官製ワーキングプア」=非常勤職員の割合は、47.1%もあります。この半数近い「官製ワーキングプア」が入っていないのです。「国家公務員の正規労働者」と「民間の正規・非正規労働者」を比較するのは統計の上でもおかしいです。ワーキングプア状態に置かれている非正規労働者の賃金も統計に入れた民間労働者の賃金と、民間の正規労働者の賃金だけを比較しているのと同じです。これは、公務員バッシングを煽るために統計を恣意的に使っていることになると思います。

▼参照ください。

◆「ブラック企業求人拒否制度」作るハローワークはブラック公務=非正規率6割で官製ワーキングプア使い捨て

井上伸

国家公務員一般労働組合執行委員、国公労連書記、雑誌編集者

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)本部書記、国家公務員一般労働組合(国公一般)執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、月刊誌『国公労調査時報』編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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