街の書店では、著者のパートナーは出版社だった。しかしデジタルでは著者は出版社を必要としなくなった。少なくとも、カバーデザイナーや編集者ほどには重要でない。その結果何が起きているか。E-Bookの価格をめぐる「出版社対アマゾン」の構図を5年にわたって考察してきた本誌は、それはより本質的な対立軸を隠すものであると考える。
敗者なき「デジタル革命」?
E-Bookの価格をめぐる出版社とアマゾンの長い長い議論/抗争は、ほぼ7年目になる。出版社は「適正な価格」を主張し、アマゾンは売上(部数×価格)を最大化する価格を基本にすべきことを主張した。後者は直接には証明不可能だが、データがまとまれば蓋然性は立証されるのに対して、「適正価格」はわかりにくい。本というものがすべてタイトルごとに違い(適正の判断は出版社だけが知っている)という出版社の主張は理屈を超えている。
大手出版社はアップルの協力を得て2010年から委託販売制を導入し、2年半ほどは価格決定権を行使できた。その後司法によって「カルテル行為」が認定されたことで、出版社は撤回を余儀なくされ、高額な損害賠償というコストも負担させられた。その間、E-Book市場は拡大を続け、アマゾンの「安売り」にもかかわらず(いやそのおかげで)出版社は成長と利益の両方を手にすることが出来た。大出版社は思わぬボーナスに驚き、デジタル移行への自信を強めた一方で、アマゾンへの依存の拡大に戦慄した。
ここまで(2009~2014年)のデジタル出版革命の展開で驚くべきことは、変化が大きかった割に、敗者がいないことだろう。それどころか、基本的には誰もが利益を得た。著者、消費者/読者、出版社、ストア、メディアサービスなど。犠牲者はいない。何より、印刷本はデジタルに食われはしなかった。書店が減少したが、それはE-Bookのせいではない。アマゾンの「一人勝ち」は、ライバルがデジタルを理解していなかったか(B&N)、出版への関心がさほど強くなかった(アップル、Google)せいだ。
革命とは「権力」「覇権」の交替を伴うものである。そうでないものは進化あるいは変化というしかない。そしてこれまでのところ、出版の世界にデジタルによる「革命」的な現象は起きていない。アマゾンは出版社を敵としてきたわけではなかったし、いくら嫌われても、十分に尊重してきた。必要だったからだ。では「デジタル革命」など虚妄なのか。そうではない、それは始まっており、数年以内に誰の目にも明らかになるだろう。ただ実体が見えにくいだけだ。
「価格問題」の真の争点:紙とデジタル
印刷本はそのままなのに、変化は大きい。何より、商業出版社が出版ビジネスの唯一の主体ではなくなった。消費者/読者はE-Bookを選択肢として持つことで、フォーマットと価格の選択肢を得て、新しい読書空間・秩序を形成しつつある。出版全体として見ると、著者を中心とした「インディーズ」が台頭した。過去6回のAERは、それが出版における中心的存在を窺える位置にまで到達したことを示している。これはもちろん、出版社の統計では出てこない。しかしその圧力は出版社もひしひしと感じている。
ビッグファイブはいま何を考えているだろう。アマゾンは忌々しい存在だがバランスすれば敵ではなくパートナーである。紙でもデジタルでも、アマゾンほど多くの本を売ってくれるストアはない。アマゾン出版は、無数の同業他社の一つに過ぎず、ライバルと言えるものではない(と考えているだろう)。彼らの最大の「敵」は、無数の著者の集合としてのインディーズである。彼らは中堅出版社の買収を通じて、さらに市場のシェアを拡大することが出来る。しかし、版権を持つ著者にはシェア(市場のシェアではなく版権料率)を渡したくない。
紙の出版において、著者と出版社は互いに必須な存在だった。しかし書店という有限な空間ではどちらの側も厳しい序列がありピラミッドを形成している。出版は確率のビジネスだが、リスクの大きい紙の出版では、大出版社ほど有利であり、売れる版元は売れる著者を選ぶことができる。版権料はリスクを見込んだものとなり、交渉では出版社が優位にある。ピラミッドの下位にある著者にはほとんど機会はない。上位の著者は原稿が出来る前に前渡金を手にするが、下位の著者は読んでもらうことすら容易ではない。
「適正価格の神話」の有効寿命
結論を急ごう。いまデジタルによって出版における壁が取り払われた。下位50%の著者は、キャットフードを食べながら出版社からの採用通知を待つことをしなくなり、版権料に不満を高めた上位1%の著者も、自分でスタッフを雇って出版する。その中間の著者は紙とデジタルのバランスで判断できる。すべてはデジタルによるもので、ここでコストと売上、リスクと利益の関係は変化した。下位の著者にとっては、デジタル・ファーストが確実に有利で、出版社との契約は損得勘定の問題になる。AERが描きだしたのは、著者の選択の結果である。(上の図はSmashwordsによるもの。著者から見ると出版はサービスである。)
<アマゾン vs. 大出版社>は幻であり、デジタルにおける<出版社 vs. 著者>こそが真の対立軸だ。ビッグファイブはデジタル市場の拡大速度をコントロールし、伝統的な紙の世界を守ろうとしている。デジタルはオープンで、つねに供給過剰で過当競争だ。紙はコントロールされた市場で、一定の秩序の中で競争が行われる。前者が拡大するのは止められないが、後者を守ることは可能だ。とはいえすべて「時間の問題」である。しかし彼らはわずかなの時間さえあれば、多くのことが可能だと考える。相手は「著者」という漠然とした存在だ。そして彼らが相手にしたいのは上位1%だけでよい。新刊ベストセラーにおける印刷本の座を守るためには、E-Bookがたいして売れなくても構わない。問題は、著者が「適正価格の神話」を信じてくれるかどうかにある。◆ (鎌田、05/14/2015)
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