「年を取って、次第に1年が短くなっていくという実感を持ったことがあるだろう。6歳の1年は、それまで生きてきた人生の6分1だが、60歳になると、単なる60分の1になってしまう」
村上龍(写真)の新たな小説集『55歳からのハローライフ』を読み、一度、窓の外を眺めた。青春の象徴としか思っていなかった村上龍が、人生のたそがれを語るとは。『69』『限りなく透明に近いブルー』『甘い悪魔が私の中に入ってきた(原題:村上龍料理小説集)』の作家も、今年で既に63歳。『55歳から~』は、長期不況に陥った日本社会を背景に、絶望の沼でもがく中高年世代のかすかな希望を描いた物語だ。冷酷な現実を伝えてくるが、それでも力点は「希望」にある。電子メールで、村上龍を取材した。「反抗」のアイコンだった作家・村上龍は、今では節制と謙譲に満ちていた。
-失礼なことを尋ねるが、あなたも「年」を取ったな、という思いを初めて抱いた。本書を書いたきっかけは。
「青春は永遠という人はうそつきだ。財政悪化で社会保障費が膨れあがっているため、労働者層の老後、すなわち貧しき老後は極めて深刻な問題だ。日本では、定年後に露骨な格差が生じている。要するに、老後の暮らしはろくなものでないというのに、こういうことをはっきり描いた作品はほとんどないので、書く価値があると思った。もちろん、自分が60歳を越えたということも影響を及ぼしている」
-最初ちらりと見たとき、タイトルを「ハッピーライフ」と錯覚した。「55」という数字と「ハローライフ」という単語を選んだ理由は。
「日本には、『ハローワーク』という和製英語を使った公共職業安定所がある。ここで、中高年層の再就職をあっせんしている。55歳という年齢は、老後を考える際に一つの指標となる。なので、老後に差し掛かった人々の現実の物語をひとまとめにするタイトルに決めた」
『55歳からのハローライフ』の作家・村上龍は、青春時代に「楽しく生きないことは罪」と語ったこともある。しかし今では自分も、自分の読者も、人生の後半戦を走っている。
-今ではどう思うか。
「楽しく生きないことは罪だと思っていることに変わりはない。ただし、年を取ると残された時間は徐々に短くなるので、失敗から起き上がるのは難しく、体力も精神力も落ち、経済的に困窮してしまったら生きていくこと自体が難しくなりやすい。高齢者が楽しく生きるのは、安定した経済的基盤がなければ非常に困難だ。小説のあちこちで経済的問題を直接的に表現したのも、こういう理由からだ」