報道メディアによる炎上燃料投下が目立つ時代になりました

山本一郎 | 個人投資家

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山本一郎です。炎上とは無縁の人生を送っております。

ところで、「報道」の本来あるべき姿はいろんな立場によって異なる部分はるものの、一般論としてですが、不偏不党なスタンスで客観的な事実を分かりやすい形にして世に広く知らしめることにあると思います。しかし、世の中の報道機関のほとんどは同時に営利企業でもありますから、中の人達が食べていくために新聞なら部数、テレビなら視聴率、そしてネットならPVを伸ばすことでメディア価値を高めていく作業も求められます。

ネットにおいて報道メディアがPVを伸ばすための王道と言えば、やはり他社を出し抜いたスクープ記事ということになるのでしょう。しかし、世の中そんなにいつでも特ダネが転がっているはずもなく、またあったとしても、そうした記事はすぐに他社も追いついてきますからスクープとして旬である時間は非常に短いと言えます。

一方で、特にネットにおいては、スクープとは別の形で比較的簡単にPVをブーストできる手法として炎上ネタというのが存在します。わざと物議をかもすような賛否両論の切り口を提示する手法が最たるものかと思いますが、いろんな意味で諸刃の剣です。真っ当な報道メディアであれば、自ら意図的に炎上ネタに手を出すのは、自分達のメディアとしての信頼性を貶めるだけでありますから、本来そこに手を付けてはいけないことなんですが、お手軽であること、またプロの記者の手によれば炎上への反動が自分達に戻ってこないような文章の書き方や演出の仕方もできてしまうということから、この頃はそうした炎上を狙ったと疑われても仕方ないような記事を目にする機会も以前より増えているような気がします。

たとえばこんな感じですね。

「スマホやめるか、大学やめるか」 信州大入学式で学長(朝日新聞 15/4/5)

「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」。信州大の入学式が4日、松本市総合体育館であり、山沢清人学長は、8学部の新入生約2千人に、こう迫った。

出典:朝日新聞

この見出しと冒頭の文章に釣られたネット民は相当な数になったのではないでしょうか。今朝私めが出演しましたフジテレビ系「とくダネ!」でも、話題になっているからということで、小倉智昭せんせがひとネタ放出しておりましたが…。ネットで記事本文を読み、さらに記事内からリンクされているもう一つの記事「信州大学・山沢清人学長の入学式あいさつ全文」も読めば、信州大学長が新入学生達に向かってただ単に「スマホやめるか、大学やめるか」と問い詰めたわけでないことは分かります。先の記事を書いた記者も見出しを付けた整理記者にしても、分かりやすい導線としてああいう言葉を拾い出したのでしょう。当然ながら朝日新聞側に大学や学長を中傷する意図は無かったでしょう。しかし、結果としては炎上するための燃料をネット民に向けて投下したも同然な状況となっています。

こういうキャッチーな見出しがSNS等で共有され流れて来ると、毎回のように見出しだけしか読まずに騒ぐ人が大挙現れて脊髄反射的な意見をネット上にばらまく事態が発生します。今回も見出しだけ読んで記事本文にはおそらく目を通してないであろう人々が、今どきスマホを認めないような学長は老害でしかない、そんな時代遅れの大学はやめた方がましだといった、下手をすれば誹謗中傷ともとれるような発言が散見される次第。まあ、これはもう炎上狙いの際どい柱の作り方として定番になってきてしまったんですよね。

あの見出しを目にすれば、ちょっとばかりネットリテラシーのある人であれば誰でもそういう事態が起きるであろうことは容易に想像できるはずなんですが、朝日新聞の中の人はそうした炎上を最初から意図していたのか、それともまったく気がつかなかったのか。

これはやや極端な解釈かもしれませんが、今回の朝日新聞の件は、信州大の学長個人のみならず大学全体の名誉までをも要らぬ形で貶めてしまった可能性があるのかもしれません。さすがにそこまで浅い問題意識を新入生に突きつけたとはいえない内容ですから。

新聞社には、長年の紙の新聞で培って来た、社会へ向かって問題提起をするための話法みたいなものがあるのだと思います。それがあの見出しであり、記事冒頭のつかみですね。しかし、紙の時代に適度に有効だったそうした物言いの仕方が、今のネットにおけるコミュニケーション作法では意図せぬほどに過剰な反応を呼び起こす可能性をはらんでいるのかもしれません。ただPVが稼げればそれでいいという低俗なバイラルメディアが見出しで釣るのはある程度見逃せるとしても、ジャーナリズムを名乗る立場にある報道メディアが同じことをするのはいかがなものかと。さすがにもうネットに慣れていないのでといった言い訳もないでしょうし。

朝日新聞に限らずここ最近の報道メディアのネットにおける見出しは穏やかならざるものが増加傾向にあるように感じます。もし、まとめサイトあたりの真似をして釣りをするのを良しと皆が考えているのであれば、それは何か違うのではないかと思います。

まあ、お前が言うなと言われればそれまでなんですけどね。

山本一郎

個人投資家

投資業務とコンテンツ開発が仕事のメイン、独立17年め。イレギュラーズアンドパートナーズ株式会社代表取締役。仕事と家庭を両立させながら、40歳になんなんとする人生の節目を感じつつ一歩ずつ坂道を登って生きたいと思います。

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