中学・高校の運動部における体罰が社会問題になって久しい。スポ根、ど根性を重んじ、しごきまがいの特訓を強いる指導者もいれば、ひたすら勝利を優先する指導者もいる。日本では、スポーツコーチという分野が未成熟なこともあって、学校のスポ―ツ指導は、旧態依然としたままである。
そんな世界に、彼の方法論が導入されたら、日本の教育界、スポーツ界はどう変わるだろうか。そう思わせる人物がアメリカ西海岸にいる。「勝利」と「人間としての成長」という「ダブル・ゴール」を目指す若者向けスポーツコーチ法のPCA(ポジティブ・コーチング・アライアンス)メソッドの提唱とそれに則したコーチを養成してきたジム・トンプソンだ。
スポーツ教育に関わる指導者は、本音はともかくとして建前では、「スポーツを通して人間的成長を促すことが肝心で、『勝つこと』は二の次」という。
しかしPCAメソッドは違う。これは、「勝ちたい」という人間の本性に添いながらも、人格形成を最優先に置き、結果的に試合で勝てるチームを作るという二兎を追う。2014年末時点で、全米で600万人の小中高生がPCA認定コーチの指導を受け、2020年までに2000万人までの拡大を見込む。ジムは、こう語る。
「PCAメソッドは、『勝つこと』を大いに奨励する。でも、ただ勝つことが究極の目標ではないということも強調するんだ。「勝利」だけを目的とした人生は、味気ない。若者のスポーツは人生の縮図であり、そこで身についた癖や価値観は一生に影響を与える。だから、若者のスポーツコーチは、人の一生を左右する責任ある仕事なんだ」
とはいえ、PCAがめざすのは単なるコーチ技術の普及にとどまらない。
スポーツ指導は子供を取り巻くシステムの一部
「僕がやりたかったことは、若者のスポーツコーチングにおける『メンタル・モデル』を変えるということ。過ちを批判し、『試合に勝て』と選手に圧力をかける根性論しか知らなかった人たちの無意識の『思い込み』を変えること」
「メンタル・モデル」とは、「学習する組織」で知られる組織学者ピーター・センゲの言葉である。センゲは、物事をシステムとしてとらえ、個々の構成要素の相互作用に注目しながら全体を洞察する「システム思考」の提唱者でもあるが、PCAの方法論は、子供たちを取り巻く大きなシステムという視点からスポーツ指導をとらえているところも特徴となる。