旅を楽しむための旅の本
旅情に駆られて航空券を衝動買いして、無理矢理やってきたは外国。
ただ、旅はけっこう忙しいものです。
アレしなきゃコレしなきゃと思っているうちに終わっていることも多々あるもの。そういう時に有効なのが「紀行本」。
旅の楽しみや思考のポイントなどを再認識できて役に立つし、何より「私もこうやって、著者のように旅をしているのだ」という気分を味わうこともできます。
世界史とは直接関係ありませんが、個人的におススメな紀行本を紹介します。
1. 犬が星見た−ロシア旅行 武田百合子
作家・武田泰淳の妻・百合子はいくつか随筆を残していますが、その中でも特に名作と言われているのがこの「犬が星見た」。
夫と友人の中国文学者・竹内好と一緒にソ連・北欧を団体旅行した時のことを綴った日記調の随筆です。
簡潔だけど情報の過不足なく、天真爛漫で嫌みのない文章は磨かれた玉のようです。
読んでいくと、その当時当地の天候、風景、気温から、食べたもの、人の機嫌・感情まで全ての情報が脳内に映像となって再生されます。
武田百合子さんと本当に一緒にソ連を旅しているような気分になってきます。
2. イスラム飲酒紀行 高野秀行, 森清
タイトルそのままなのですが、アフガニスタン・シリア・イラン・ソマリランドなど、飲酒がご法度のイスラム圏に酒を飲み行くという狂った旅行記。
ほとんどが密造酒で、中には警官に見つかったら逮捕される場合もあるため、読みながらかなりハラハラします。
ただ、出てくる料理や酒がやたら旨そう。
兄さんに習って、無造作にがぶっと飲むと、葡萄の香りがずばーんと広がった。
「これは…」。私は絶句した。「むちゃくちゃ美味いぞ!」。
今まで飲んできたシリアのワインと同じ路線ではあるが、はるかに鮮烈で力強い。
ぼくはこの本のチュニジア篇を読みながらチュニジアを旅行して、さすがに密造酒は無理でしたがチュニジアの料理と酒を堪能しました。
3. マレー蘭印紀行 金子光晴
詩人・金子光晴が昭和3年〜7年のほぼ4年間を使って旅した、マレーシア・シンガポール・インドネシアの旅行記です。
美しい文体と表現で綴られており、まるで自分が亜熱帯のジャングルにいるような気分になってきます。
水は、あおりをうけ、両岸のねじくれたマングローブのあいだや、アダン類をひたした灌木のなかで、猪口をかえすような波を立てる。枝から枝へ、カワセミが翔ぶ。ものの気配をさとって大トカゲの子が、木の根角から、ばさりと水に墜ちる。
エキサイティングな旅行記というよりは、絵画を眺めているような気分になります。
4. 街道をゆく2 韓のくに紀行 司馬遼太郎
外国にいながら日本を考える本としては、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズがおススメです。
その国の文化や歴史を探訪しながら、結局思考の終着点が日本なのが司馬遼太郎の文章の特徴の1つな気がするのですが、それが色濃く出てかつ面白いのが「韓のくに紀行」。
秀吉の朝鮮出兵時に朝鮮に寝返った「沙也可」の子孫を探したり、釜山の和館の跡地を探したり、韓国での日本の足跡や、韓国と日本の共通点や相違点に思考や文章の力点が置かれています。
外国に行くとイヤでも日本とその国の相違点は見えてきますから、そこを思索しながら旅を楽しみたい方は良いのではないでしょうか。
5. 日本奥地紀行 イザベラ・バード
- 作者: イザベラバード,Isabella L. Bird,高梨健吉
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2000/02
- メディア: 文庫
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明治時代の日本を旅した、スコットランドの女性旅行家イザベラ・バードの旅行記です。
東京 - 会津 - 新潟 - 秋田 - 青森 - 北海道 の道中で出会った、美しい風景、汚い風景、未開な風土など、彼女なりの視点で屈託なく表現しています。
バードは自然が大好きな人で、特に北海道の荒涼とした大地に故郷のスコットランドを重ね、その美しさを賞賛しています。
読んでいくとバードの感情の起伏についていくのがしんどいのですが、「旅に出ている時の女性の思考パターン 」を理解する上で貴重な本ではないかと思っています。
6. 東南アジア紀行 梅棹忠夫
これは以前の記事「面白くて繰り返し読める歴史関連本10冊」でも紹介したのですが、
民俗学者・生態学者の梅棹忠夫が、1953〜56年にかけて行われたタイ、ラオス、カンボジアの学術調査をまとめたもの。
これは「男が汗水たらしてあちこち動き回る」本で、やりたいことを叶えるために苦労している姿にすごくシンパシーを覚えます。
作中に述べられている東南アジアの文明・文化論も非常に貴重で勉強になりますので、東南アジアバックパッカーはこの本を持っていった方がいいと思いますよ。
7. イブン・ジュバイルの旅行記 イブン・ジュバイル
12世紀にイスラムの支配下にあったスペイン・バレンシアの詩人イブン・ジュバイルのメッカ巡礼記です。
イブン・ジュバイルは、地中海・エジプトを経由してメッカに赴き、ムスリムの義務を果たした後、イラク、シリア、そして当時十字軍の支配下にあったエルサレムを経由して帰国しています。
12世紀当時の中東イスラム世界の風景や人々の様子が活き活きと描かれており、
1ページにつき2〜3回は出てくる「メッカ - 神よこの町を永久に守護されんことを」みたいなお祈りに邪魔されてしまうのですが、
当時のにぎやかな雑踏や、聖なるモスクの厳粛な雰囲気、地味豊かな中東の自然と空気、匂いまで感じられるような文章です。
8. アルハンブラ物語 ワシントン・アービング
19世紀前半、アメリカの外交官であった著者が、フラリと訪れたスペイン・グラナダの滞在中に見聞きしたことをまとめた本です。
イスラム文化の色濃いグラナダの町。
優雅なアルハンブラ宮殿の内部の様子や、イスラム風の独特の町並み。
そこに住む人の日常の暮らしや、のんびりと時間が過ぎてゆく田舎の風景。
スペインに行きたくなることが確実な本です。
9. どくとるマンボウ航海記 北杜夫
エッセイスト・北杜夫の代表作の1つで、マグロ漁船の船医となって船に乗り込んだ際の、日本からヨーロッパまでの船旅の様子が描かれたエッセイ。
文章の端々からこの人はめちゃくちゃ賢いのだろうなあと思うんですけど、高田純次ばりのテキトーなゆるゆるした文章で、読むのが楽しい。
北杜夫はシンガポール、スエズ、リスボン、ハンブルクなど、船を降りてあちこちブラブラと歩き回ってるのですが、彼の関心はヒトにあるようで、物売りの少年、芸術家気取りの中年男、ワインを勧める給仕の爺さんなど、ヒトの叙述にかなりの量を割いています。
旅行した時の現地の人との交流に楽しみがある人は、この本はうってつけだと思います。
10. 面白南極料理人 西村淳
著者は第三十八次南極越冬隊の料理人として、南極の観測基地に派遣された海上保安官。 観測基地に派遣されるのは、大学や研究所、民間企業から派遣されてきたプロの研究者たち。
著者は料理の専門家として赴くのですが、男ばかり9人で1年間狭い汚い観測基地で過ごすわけなので、まあ色んな問題が起きます。そんな中、酒でも痛飲して豪儀に解決してくこともあれば、膝突きつけてちゃんとお互いの誤解を解いて解決することもある。
グループで旅行するときに色んな衝突がおきます。
今日はパスタがいい、いやピザだ。歩いていこうよ、いや疲れてるからタクシー。ほらやっぱり道に迷ったじゃん、タクシーのほうがよかった、うるせーお前が行きたいレストランが遠いんだよ
こんな時にどううまくグループをまとめてるかの大きなヒントになる本だと思います。
まとめ
旅行に出ると、その旅行自体が「日常」化してしまうので、旅情を味わえなかったり、本来楽しみたいと思ってたポイントがずれてしまって後で後悔したりすることが多いと思います。 そんな時に紀行文を読むと今の自分を客観視できて、旅の楽しみポイントを再確認できるというものです。
今回紹介したものはもちろん、旅に出てない時に読んでもとっても面白いし、旅情をかき立てられるものばかりです。
蛇足ですが、今回紹介したものは、ぼくは全部Kindleに入れて持ち歩いていました。紙の本を自炊してPDFにしています。やっぱり旅行には電子書籍が一番ですよ!