福祉が人を殺すときー貧困大国ニッポンで機能しない社会福祉ー

藤田孝典 | NPO法人ほっとプラス代表理事、社会福祉士

『福祉が人を殺すとき』という衝撃的なテーマの本がある。27年前に出版されたものである。

社会福祉を学ぶ者にとっては、バイブルのような存在として重宝されている文献だ。

今も色あせない生々しいルポルタージュである。

当時、この本を出版したのは、埼玉県内の福祉事務所で生活保護の相談支援を担当していたケースワーカーの寺久保光良氏である。

28年前に3人の子どもを残して、母子家庭の母親が栄養失調により餓死をした状態で発見される衝撃的な事件があった。

享年39歳である。本書はこの事件の詳細や背景を取材し、記録したものだった。

そのなかで、紹介される一節がある。

彼女が子どもたちに残した遺言のようなものだ。

母さんは負けました

この世で親を信じて生きた

お前たち三人を残して

先立つことは

とてもふびんでならないが

もう、お前たちにかける声が

出ない

起きあがれない

なさけない

涙もかれ、力もつきました

お前たち

空腹だろう

許しておくれ

母さんを

これを書いた母親はどれほど苦しく絶望のなかで息を引き取ったのだろうか。

その姿を見ていた3人の子どもたちは何を想っていたのだろうか。

この悲惨な事件を福祉が機能しなかった社会問題として、「福祉が人を殺した」と寺久保氏は表現した。

実はこのような事件は日本において、その後も頻発する。

そして、これから先も生まれるかもしれない。

最近では、2012年1月に、同じく札幌市で病弱な姉(42)と知的障害がある妹(40)の二人が室内で餓死している状態で発見された。

福祉事務所に姉が3回も訪問して、生活保護の申請意思も示していたが、申請は受理されなかった。

福祉事務所の違法運用が指摘されているところだ。

寺久保氏は、生活保護制度が必要な人に届いて、十分に機能していれば、このような悲惨な事件は防げると考える。

それにもかかわらず、なぜ福祉は必要な人々のもとに常に届かないのか。

彼の重大な問題提起であり、その背景には生活保護に対する私たちの意識の問題が含まれていることが分かる。

寺久保氏はその後、大学で教鞭をとりながら、生活保護を研究し、後輩指導を行ってきた。

生活保護制度に対する正しい知識やその普及にも取り組んできた。

その生涯を生活保護制度の改善にかけてきたといっても言い過ぎではないだろう。

そして、大学を退職した彼が現在も力を入れる活動がある。

それは、埼玉県で提訴された生活保護基準引き下げ取り消し訴訟である。

埼玉県内の生活保護受給者である原告25名が、2013年から生活扶助基準を引き下げられた処分に対して、その取り消しを求めて、昨年から係争している。

彼は弁護団や原告、支援団体や地域住民に対して、まとめ役となり、生活保護裁判で厚生労働省に向き合っている。

原告の主張は、厚生労働省が生活保護基準を算定する際の根拠が不透明で、引き下げが著しく妥当性を欠くというものだ。

厚生労働省が引き下げありきで、社会保障審議会の議論や学識経験者らの声を無視する形で、押し進めることに異議を唱えている。

この裁判に対する人々の意見は、なかなかに厳しいものだ。

「生活保護受給者がさらに権利を主張するなんてとんでもない」、「恩恵として静かに受けていればいいのに傲慢だ」という意見も散見される。

しかし、彼は裁判を通じて、生活保護受給者だけの問題ではないことを指摘する。

生活保護基準が低所得世帯の課税最低限や就学援助制度の支給基準など様々な制度に影響を与えている。

そのため、基準が引き下げられると、関係ないと思っていた多くの国民に不利益が生じると指摘する。

要するに、弱い立場にある人々を見捨てると、次は私たちの番だということになるだろう。

その際に、当然関係ないと思っていた制度が必要にも関わらず、救済してくれなかったら困ってしまう状況が生まれる。

しかし、「生活保護制度は不正受給が多いのではないか」、「怠けている奴がもらっているのではないか」、という見方が根強い制度でもある。

実際には、「あなたも使える生活保護」(日本弁護士連合会発行)に、制度への誤解に気づいてもらったり、正しい知識を促す情報が掲載されているので確認いただきたい。

日本では、過剰に生活保護制度を利用することは恥ずかしいというスティグマ感(受給への恥辱感)を作りだしている。

生活保護はすでに「困ったら活用するもの」ではなく、「活用すること自体が恥ずかしいこと」なのだと思わされている人が多い。

だから、はじめに書いたような餓死するほどに我慢してしまう事例は後を絶たない。

そして、福祉事務所のケースワーカーすら、生活保護を受けることを良しとしない風潮が生み出される。

日本はすでに先進諸国では珍しいくらいに、相対的貧困率が高い国である。

実に国民の16,3%(2012年)が貧困に苦しんでいる。貧困大国ニッポンといってもいい。

そこで、救貧機能を持つ生活保護制度が相変わらず機能しないままで、さらに削減を続けると、次は何が起こるかは想像していただきたい。

私たちはいつまで28年前の繰り返しを続けていくのだろうか。

生活保護制度をそろそろ一面的な情報で見ることから脱却し、メリットを含めて、利用しやすい方向性に議論を進めていきたいと思う。

さまざまな悲惨な事件をこれ以上繰り返さないためにも。

藤田孝典

NPO法人ほっとプラス代表理事、社会福祉士

1982年生まれ。埼玉県越谷市在住。社会福祉士。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行う。NPO法人ほっとプラス代表理事。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『ひとりも殺させない』『反貧困のソーシャルワーク実践』など。

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