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成立間近と見られていた移籍交渉がメディカルチェックによって破談となるケースは少なくない。その一方で、あるクラブが手放した“爆弾”を、リスクとともに受け入れるクラブも存在する。メディカルチェックはどのような基準、どのような目的で行われるのか。英国のフットボール専門誌『FourFourTwo』が移籍のカギを握る“グレーエリア”に潜入した。
2014-15シーズンのプレミアリーグ開幕を3週間後に控えた昨夏、ロイク・レミーの元に悪い知らせが届いた。キャリアの転換期となるはずだったQPRからリヴァプールへの移籍がご破算になったのだ。リヴァプールのブレンダン・ロジャーズ監督はプレシーズンツアー先のシカゴで行われた記者会見で次のように話した。「クラブとしての判断で、レミーを獲得しないことに決めた。彼にとっては2度目の交渉中止であり、本当に気の毒だと思う」
当初は1050万ポンド(約18億円)の移籍金でリヴァプール入りが合意に達していたが、メディカルチェックで心臓に欠陥が見つかり、交渉は打ち切りとなった。レミーはその知らせについて「リヴァプールの判断は理解できなかった。具体的な理由を話してもらえなかったからだ」とコメント。「自分の体のことは自分が一番よく分かっている。世界中のいろいろな専門家に見てもらったよ。僕と同じ状態でプレーしている選手はたくさんいるし、リヴァプールもそれは分かっていたはずだ」
レミーが経験した悲劇は珍しいものではない。現在ベシクタシュでプレーするデンバ・バは、メディカルチェックで発覚したひざの変性関節症が原因でストークへの移籍を棒に振った過去を持つ。もっとも、バはそのリスクを受け入れたウェストハムで12試合7ゴールと爆発。数多くのビッグクラブからの関心は「ひざに問題あり」とされる診断を水に流した。バは11-12シーズンにニューカッスルに移籍して16ゴールを挙げ、そのシーズンのリーグ最優秀移籍選手にも選出されている。
レミーとバのケースを見ても、大胆な判断を伴う取引がもたらす結果の振れ幅は大きい。ファンがニューヒーローを求める一方で、メディカル担当は爆弾を抱えているとの診断に顔をしかめる。選手は自分の体調は万全だと言い張り、代理人からは競合クラブからオファーが届いたという電話が入る。監督はメディカルチェックに基づくアドバイスと自らの直感の間で選択を迫られるのである。
では、メディカルチェックではどのような性質を持ち、どのような検査が行われるのだろうか。その舞台裏で何が起きているのかということも含め、選手の移籍やキャリアにとってメディカルがどのような意味を持つのかを考えてみたい。
■時代とともに高まるメディカルの重要性
メディカルチェックはスポーツサイエンスと医学の発展に伴い進化を遂げてきた。選手の視力や歯の状態さえ、詳細な検査の対象となる場合がある。昨年、ジョージ・ボイドは「視力検査で結論が出ないため」ピーターバラからノッティンガム・フォレストへの移籍の道を閉ざされた。ウェストハムのラヴェル・モリソンがバーミンガムにレンタルで加入した際は、その条件として虫歯を7本抜かれている。
だが、このような状況が昔から続いていたのかというと、そうではない。イングランドサッカー界で異端児と呼ばれる存在が花盛りだった1970年代、クラブが心配していたのは選手の心臓ではなく肝臓だった。オフシーズンにスペインのリゾート地でギネスやカシス酒を浴びるように飲んだマーク・ローレンソンは、ブライトンのメディカルチェックで引っ掛かった。血糖値が異常に高く、糖尿病と診断されたのである。しかし、休暇中の飲み過ぎが原因だと分かると、アラン・マラリー監督はあっさりと契約に踏み切ったという。
1972年、口ヒゲをたくわえたフランク・ワージントンという女好きの選手がいた。ハダースフィールドからリヴァプールへの移籍に際してメディカルチェックを受けたところ、高血圧で2度不合格となったが、実はその原因がセックスのしすぎだったという変わり種だ。
基本的な医療器具を使用した検査で、医師はこのような結果に遭遇せざるを得なかった。クラブの理学療法スタッフは、検査結果に基づく判断を直感で下すしかない場合もあった。1982年にニューカッスルでキャリアをスタートさせ、現在はマクルズフィールド・タウンで理学療法スタッフを務めるイアン・リバーズエッジによると、問題は透明性の欠如にあると言う。「私がこの仕事を始めた時、メディカルチェックを受ける選手は少なかった。チームドクターがざっと検査した結果が残っているくらいだ。例えば、ひざの古傷を抱える選手がいるとしよう。クラブはそれを決して公にしない。売れなくなるからね。ということで、メディカルの記録は闇に葬られ、せっかく入手できても詳細が欠けていることが少なくなかった」
更にベテラン理学療法士はこうも付け加えた。「選手はケガを隠そうとするが、試合記録を見れば分かる。欠場が多ければケガで離脱していたことが分かるからね」
しかし、プレミアリーグの発足以降、メディカルチェックを軽視することは許されなくなった。巨万の富を持つオーナーやテレビ放映権が絡む現代のフットボールは、金にまみれているからだ。高額年俸のスーパースターにクラブが大枚をはたく場合、完全無欠の一級品であることの確認が不可欠となる。
不幸なことに、下部リーグのクラブには詳細なメディカルチェックを行う資金があるとは限らない。「優先順位づけが必要」と話すのはバーンズリーのダニー・ウィルソン監督だ。「補強資金は限られている。詳細なメディカルチェックに金を払う場合、他の大切な要素と天秤(てんびん)に掛ける必要があるんだ」
そこで重要なのがメディカルチェックで存在すべき“善意”だ。「複数クラブが競合する選手を狙う時や、リーグ1(3部相当)で戦うチームが大金を投じる場合、早急な判断が必要となる」と、2008年から2013年までスウィンドンのCEOを務めたニック・ワトキンスは言う。「現所属クラブによるメディカルの資料提出に時間が掛かり、ようやく出てきても精度が足りず、期限までに十分な判断材料がないという状況もある。獲得して初めて、メディカルチェックで見つからなかった致命傷を抱えていることが分かったという選手も3、4人はいた。全くの役立たずを買ってしまったと思っても後の祭りさ」
レスターのコーチを務めるケヴィン・フィリップスは、20年の現役生活で九つのクラブを渡り歩き、651試合に出場して281ゴールを挙げた。最下層のチームからプレミアリーグに進出した彼は、様々なレベルのメディカルチェックを経験している。「初めて検査を受けたのはワトフォードだったが、ノドを見てつま先を触ったらそれで終わりだった。でも、大金が動くようになるにつれて、メディカルはより重要な意味を持つようになった。ワトフォードからサンダーランドに移籍した時はチェックが進化したなと感じたね。足首とひざをスキャンされたよ。03年に350万ポンド(当時のレートで約7億円)でサウサンプトンに移籍した時は、それこそ頭から足の先まで念入りに調べられたよ」<後編>に続く
(文ベン・ウェルチ、翻訳 加藤富美)
<後編>は2月27日の配信を予定しています。
■英国の論点:英国のサッカー専門誌『FourFourTwo』と『ワールドサッカーキング』の連動企画。「英国の論点」は、サッカー界で起こっている“今”に独自視点で深く切り込み、丹念な取材に基づいて書き上げられた記事を提供しています。
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