子どもが生まれたばかりのKADOKAWA・DWANGOの川上量生会長。親となって初めて直面した日本の「待機児童問題」に憤り、思わず本社内に保育園を設置することに。親になって感じたこと、父親の育休取得、経営者として考える社員の結婚・出産、自身の子育て論について、日経DUAL編集長がインタビューしました。
羽生 日経DUALは、共働きで子どもを育てているお父さん・お母さん向けのメディアです。ワーキングママやパパは本当に不安だらけ。記事の感想やDUALのアンケートの回答を見ていますと、生活しづらいと皆さん訴えています。川上家も共働きだと伺いましたが、出産の時期は大変でしたか?
川上量生(以下、川上氏) うちは計画出産だったので出産日は病院の都合で決まりました。それで、産前産後の1週間、僕の会社のスケジュールソフトに妻が勝手に書き込んで強制的に休みに設定されていて。生まれたその日から、病室で赤ちゃんと妻とずっと一緒にいたんです。いわゆる「育休」ですね。
■父親になった自覚が生まれた、1週間の「育休」
羽生 育休を強制的に妻に取らされた。いい話ですね。父親は自分で妊娠出産を経験できないので、親になったという自覚が薄い場合もありますが、1週間も生まれたての赤ちゃんと一緒にいたら「お父さんになったぞー」という気持ちになれますね。
川上氏 新生児って寝てばかりいるから特にやることはないんですけど、その育休期間がよかった。この1週間がなければ、自分が親になったという実感は持てなかったかもしれません。
KADOKAWA・DWANGO会長の川上量生氏、1週間の育休を取った
羽生 「育休なんて、パパが短期間だけ家にいても意味がない」という意見もありますが、そうではないと?
川上氏 ええ、育児休暇は父親も取ったほうがいいと思いますよ。男の場合、おっしゃるように、やっぱり子どもを持ったことを理解するのが難しいと思うんです。特に何もしなくていいので、一緒の時間を長く過ごしたら自然にその気持ちが生まれると思います。
羽生 いま、奥さんは産休中なのですね。保育園の準備はしていますか?
川上氏 保育園、あちこち探しているんですが、どこも「入園100人待ち」なんですよ。まったくふざけた話です。こんなに少子化をなんとかしようってみんなが考えている時代に、「保育園が足りない」って、どういうことだ? と。少子化対策を本当にやるつもりがあるのかと思いましたね。一番大事だとみんなが思うことですら、国はやってないわけだから。
「保育園が足りないってどういうことだ? と。国は少子化対策について本当にやる気があるのかと思いましたね」
羽生 おっしゃる通りです。子どもを増やしたいと言っている国が、子育ての第一歩の段階で親に突き付けているのが「保育所の不足」。何やかやと言い訳をつけては、子育て環境改善の優先度をキッパリ上げず、ないがしろにしているとしか思えません。
■川上氏、怒りからドワンゴ本社内に保育所設置
川上氏 事情はいろいろあるんでしょうけれど、保育園がこんなに足りない状況で子どもを育てられるわけがないです。
羽生 子育てする当事者だけでなく、若い世代がこの状況を見て、積極的に子どもを生みたいと思えるはずがないですね。
川上氏 僕はこの怒りから、ドワンゴ本社内に保育園をつくることにしましたよ。
羽生 えっ? いきなり社内託児所設置を。なんと素早い対応。さすが川上会長、素晴らしい行動力です。
川上氏 まあ、公私混同で。普通の会社だと社内に託児所があっても、通勤ラッシュで会社まで連れてくるのが大変らしいですね。でも、ドワンゴは裁量労働制だから、みんな出社が遅いんです。ラッシュ時に出勤している人のほうが少ない。だから、けっこううまく機能するんじゃないかと考えています。
羽生 社員の反応はどうですか?
■「社内に保育園があるなら子どもを産もうかな」
川上氏 保育園をつくると発表しただけで、結婚している社員の何人かが「子どもをつくろうかな」って言い出したんですよ。これだけでも少子化を食い止めるキッカケになるんだなあと思いました。必ず入れる保育園があるだけで、子どもを産む人は増えるはずです。
「この怒りから、ドワンゴ本社内に保育所を設置しました。ベビーブームも歓迎ですよ」
羽生 なんと理想的な展開。社内に保育園がありますと、これから結婚をするという方も産んでから育てるまでのイメージがしやすいですもんね。
川上氏 しかも、社内に保育園をつくるということは、「会社が子どもを産むことを応援している。子どもがいても、仕事の面でハンデにならない」というメッセージにもなるんですよね。
羽生 ドワンゴ社内にベビーブームがきたらどうするんですか?
川上氏 いいんじゃないでしょうか。まあ、難しいところではありますけどね。やっぱりエンジニアなどの職種は、結婚すると能力や生産性が下がるんですよ。
羽生 率直なご意見ですね…。でも企業の現場のリアルです、それが。
川上氏 やはり他のことに時間をとられず、会社でずっと根を詰めて働くことで能力を出せるという面は少なからずあるんです。エンジニアに限らず。だから、会社としてはそうしてくれるのがありがたいんだけど、でも社員を「ずっと独身で働かせていて、それでいいのか?」という問題もありますよ。
羽生 経営者としては目をそらせないテーマです。
川上氏 また、結婚して家庭を持つことによるプラスも、確かにあります。いまメンタルヘルスの不調で働けなくなる人が多いですが、そういうときに家庭があると安心ですよね。長期的に見ると、家庭という基盤があったほうが人は安定して長く働けると思います。あとは、僕らがつくっているのは人に届けるソフトウエアなので、その時の対象となるユーザーは当然、子どもを持つ親なども含まれます。そういうユーザーの気持ちになりやすいという利点もあります。総じて、社内に結婚して子どもをもつ人が増えるのは、とてもいいことだと思います。
羽生 川上さんご自身の教育方針や子育て手法をお聞きしたいと思います。
川上氏 子どもが生まれてすぐ、電子書籍端末のKindle(キンドル)で育児本をたくさん買いましたよ。なんで泣くのか? どういうタイミングでひっくり返るのか? 子どもが何を考えているのかをすごく知りたかったからです。
羽生 またずいぶんと科学的な。
川上氏 よく「親は子に学ぶ」って言いますが、その通りだなと思いました。僕は最近、人工知能にすごく興味があるんですけど、人工知能がどのように学習していくのかというテーマについて、赤ちゃんを見ていると考察が深まります。知性の本質や、倫理観はどこから生まれるのかということを、娘に教わってるんです。
羽生 お世話が大変な新生児ですのに、そんなに冷静に子育てができている?
川上氏 もちろんそんなことはなくて、理由なく泣かれると、やっぱりつらいです。何をしても泣き止まないですから。そこでイラッとしてしまい、自分の器の限界を思い知ります。
■自然に「子どもと一緒にどこに行こう」と考えるようになった
羽生 自分が親になったなあ、と実感することはありますか?
川上氏 妻が妊娠しているときに、「2人で旅行するのは、しばらくおあずけだろうね」なんて残念がっていたんです。でも子どもが生まれたら意識が変わって、夫婦だけで旅行に行きたいなんて思わなくなりました。小さい子どもがいるとレストランとか、行けない店も増えますよね。それも、全然残念じゃありません。その代わり、自然に「子どもを連れてどこに行こうかな」と考えてるんです。
羽生 川上さんは、子どもとネットの関係についてどのような方針で育てられますか?
川上氏 スマホやタブレットなどには触わらせたくないです。ゲーム機も与えたくない。そしてコミュ障[注]に育ってほしいと思っています。
[注]ネットスラングで「コミュニケーション障害」の略。人とまともに話すことができない、極度の人見知り、などの状態を指す。
羽生 コミュ障に…。コミュニケーション能力が高い子ではなく?
川上氏 はい。僕自身は、コミュニケーションが下手な人生を送ってきました。でも、最終的にはそれで得をしたなって思ってるんです。いまの時代、コミュニケーション能力は大事だと言われてるから、それを高めようとがんばっている人はたくさんいますよね。だからこそ、わざわざ自分の子はそこで戦わなくてもいいんじゃないかと。何でもそうですが、苦手なところはバッサリ捨てた方がいいと思いますよ。
羽生 あえて逆で勝負する、と。でも、インターネットに触れるとコミュニケーション能力が上がるんですか?
川上氏 確実に上がると思いますね。スタジオジブリの鈴木敏夫さんから聞いたんですが、インターネットがなかった戦後すぐの時代のコミュ障って、本当に人としゃべれなかったらしいんですよ。家を出なかったし、人と目を合わすことも怖がってできなかった。そういう人達でも、いまはネットに書き込むことはできる。そういうリアルの代替となるコミュニケーションを通じて、人ともちょっとくらいはしゃべれるようになってるんだと思います。
羽生 だからこそ、自分の子にはインターネットに触れさせないで、“真のコミュ障”に育てたいと。
川上氏 できれば無人島とかで育てて、オリジナル路線を進んでもらいたいですね。こんな教育方針についての僕の意見は、妻にぜんぜん相手にもされていませんが。
羽生 ユニークでオンリー1の子育て、期待しています。
(ライター 崎谷実穂)
[日経DUAL2014年12月1日付の掲載記事を基に再構成]
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