読書人の雑誌『本』より
2014年12月29日(月) 佐々木敦

音楽で読み解くニッポンの転換期
『ニッポンの音楽』著・佐々木敦

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講談社現代新書より『ニッポンの音楽』を上梓した。1960年代末から2010年代(わたしは「テン年代」と呼んでいる)半ばの現在までに至る「ニッポンの音楽」=「日本のポピュラー・ミュージック」=「Jポップ」の歴史を、わたしなりに辿り直してみたものである。

歴史と言いつつも、ざっと45年、ほとんど半世紀に至らんとする長い長い時間のあいだに「ニッポンの音楽」に起こったことのすべてに触れることなど到底出来ないし、そんなことはわたしの手に余る。そこでわたしは一章分をおよそ10年=ディケイドとして、それぞれの章を一種の物語仕立てにして語ってみることにした。

物語であるからには登場人物たちが、主人公が居る。それが第一章(70年代)は、はっぴいえんど、第二章(80年代)はイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)、幕間を挟んで第三章(90年代)は「渋谷系」と呼ばれたフリッパーズ・ギターとピチカート・ファイヴ、それから小室哲哉、そして最後の第四章(ゼロ年代以降)はPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのプロデューサーとして知られる中田ヤスタカである。

わたしは彼らを各章の「主人公」に据えて、このいずれも良く知られた音楽家たちを一本の系譜で繫ぐ「物語」として、『ニッポンの音楽』を成立させることにした。

もうひとつのポイントは、ちょうどこの四つのディケイドの真ん中ら辺に、わたしたちが今やなにげなく使っている「Jポップ」という言葉が生まれていたらしいということである。これはわたしの発見でも自説でもなくて、烏賀陽弘道氏の岩波新書『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業』に書かれていることであり、わたしは同書の説を採用した。烏賀陽氏によれば1988年秋に開局した「J-WAVE」が「Jポップ」のゴッドファーザーだという。洋楽専門ラジオ局で邦楽を流すときのいわば方便として編み出されたのが、この言葉だったというのだ。

実際に「Jポップ」というワードが巷に溢れ出すのは90年代以降のことである。そこでわたしは、この語が生まれる「以前」と「以後」に「ニッポンの音楽」の歴史=物語を大きく二分割した。それから「Jポップ」が生まれたのとほぼ同時並行に、日本では「昭和」から「平成」へと時代が移っていたことを忘れてはならない。そう、「ニッポンの音楽」の転換期は、ニッポンの転換期でもあったのだ(更に言わずもがなのことを付け加えておくと、それはまた世界(史)の転換期でもあった)。

データの取り方にもよるが、日本の音楽市場は、1998年をピークとして、その後は年々減少の一路を辿っている。最近盛り返したという説もあるが、それはAKB48を筆頭とするいわゆる「複数枚販売」によるものでしかない。

CDが売れなくなったのは日本に限ったことではないが、海の向こうの音楽シーンが、ダウンロード販売からストリーミング・サービスへ、あるいは楽曲やビデオは限りなくフリーに近くしてしまい、代わりにライヴやツアー、グッズ販売などを主要な収入源とするなど、さまざまな形で時代の変化に対応していったのに対して、日本は、はっきり言って大きく立ち後れている。その理由はいろいろあるが(先の「AKB商法」も間違いなくそのひとつ)、そこに日本社会の、日本という国の特殊性が幾つも表れていることは確かだと思う。

わたしは1964年生まれ、70年代終わり頃から本格的に音楽を聴き始めて、80年代にはマニアが嵩じて音楽ライターとなり、90年代に激しく転変した音楽状況に全力で伴走し、ゼロ年代以降は次第に音楽について書くことから遠ざかっていって現在に至る。だが音楽は相変らず沢山聴いている。ニッポンの音楽もニッポン以外の音楽も、新しい音楽も古い音楽も、毎日何かしら音盤をプレイヤーで次々と再生しては耳を傾けている。だから『ニッポンの音楽』には、わたし自身の個人史が常に記述の裏側にある。

しかしわたしはこの本を私的なメモワールとしては書かなかった。それはわたしの批評家としての自己抑制と矜持によるものだ。だがそれでもやはり、結局は多少ともそうなっているのかもしれないなと、書き終えた今は思う。

『ニッポンの音楽』は、もちろん題名通り音楽にかんする本なのだが、と同時に、2009年7月に同じく講談社現代新書から出した拙著『ニッポンの思想』の続編、姉妹編でもある。同書は、80年代初頭からゼロ年代の終わりまでの日本の「現代思想」の歴史を物語ったものだった。

わたしはこの二冊で、思想と音楽という異なる(だが微妙に/密接に/複雑に関係してもいる)二つの領域の時代ごとの変遷を自分なりの視点で整理することによって、かなり遠回しにではあるが、一種の「日本論」を試みたつもりである。そしてこの作業は、今後も継続してゆくことになるだろう。ちなみに次は『ニッポンの文学』の予定なのだが、さてどうなることやら?

(ささき・あつし 早稲田大学教授・批評家)
読書人の雑誌「本」2015年1月号より

 

佐々木 敦(ささき・あつし)
1964年生まれ。批評家。早稲田大学文学学術院教授。音楽レーベルHEADZ主宰。『ニッポンの思想』(講談社現代新書)、『あなたは今、この文章を読んでいる。』(慶應義塾大学出版会)、『「4分33秒」論』(Pヴァイン)、『ex-music(L/R)』(アルテスパブリッシング)、『シチュエーションズ』(文藝春秋)、『批評時空間』(新潮社)、『未知との遭遇』(筑摩書房)など著書多数。

佐々木敦・著
『ニッポンの音楽』
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