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ゲーム機型のモバイルDAW、「KDJ-ONE」が遂に復活! 開発者に訊く、新生「KDJ-ONE」の詳細と、間もなく始まるKickstarterプロジェクト
2011年1月のNAMM Showで、センセーショナルなデビューをはたした「KDJ-ONE」。日本のサイバーステップという会社が開発した、ゲーム機型のモバイルDAWです。シンセサイザー、サンプラー、シーケンサー、ミキサー、エフェクターといった音楽制作に必要な機能をひととおり備え、タッチ・スクリーンや十字キーを使ってゲームをプレイするように曲づくりが可能。まさに“モバイル・オーディオ・ワークステーション”と呼ぶに相応しい、新感覚のガジェットです。
かなりの注目を集めた「KDJ-ONE」ですが、2012年春にオーダー受付を開始したものの、諸事情により販売はキャンセルに。その後、Webサイトは更新されず、頓挫してしまったのかと思われた「KDJ-ONE」プロジェクトですが、なんと来月、Kickstarterでファンディングが行われることが決定。デビューから約4年の年月を経て、みんなが待ち望んだ「KDJ-ONE」が遂に販売されます!
そこでICONでは、「KDJ-ONE」プロジェクトを牽引するサイバーステップの代表取締役社長の佐藤類氏にインタビュー。「KDJ-ONE」プロジェクトが長らく沈黙していた理由や、筐体デザインが変わった新生「KDJ-ONE」について、さらには間もなく開始されるKickstarterでのファンディングについて話をうかがってみました。
ハードウェアの完成度に納得がいかず、設計をすべてやり直すことに
——— 「KDJ-ONE」を最初に目撃したのは2011年1月のNAMM Showのことで(そのときのもようは、Rock oN CompanyのWebサイトでレポートしています)、それから4年近くも経ちました。このたび、ようやく販売の目処が立ったとのことですが、まずはこんなにも時間がかかった理由からおしえてください。
佐藤 「KDJ-ONE」を最初にお披露目したのは2011年1月のNAMM Showのことで、翌2012年1月のNAMM Showにも出展し、その直後にオンラインでのオーダー受付を開始しました。嬉しいことに、こちらの予想を上回るオーダーをいただいたんですが、最終チェックをする中でハードウェアの完成度に不満が出てきたんですよね……。サウンドや機能面など、ソフトウェア的にはほぼ我々が考えていたものに仕上がっていたんですが、ハードウェアの完成度が低かった。具体的には発熱が凄くて、1時間くらいしかバッテリーが保たなかったんです。“モバイル・オーディオ・ワークステーション”と謳っているのに、たった1時間しかバッテリーが保たない製品を世に出してしまっていいものかと思い、注文していただいた方には申し訳なかったんですが、一度キャンセルさせていただいてハードウェアの設計をやり直すことにしたんです。本当に苦渋の決断でした。
具体的な話をすると、最初はハードウェアの設計を外部の会社に委託していたんですね。こういうものを開発するのは初めてだから、実績のある会社にお願いした方がいいだろうということで。しかしながら出来上がってきたものは、発熱が凄くてバッテリーの保ちが悪く……。CPUにIntel ATOMを採用したのが良くなかったのかもしれませんが、テストを繰り返すうちにどうしても納得がいかなくなってしまったんです。
それでいろいろと検討した結果、ハードウェアの設計も社内で行おうということになりました。我々は基本的にはソフトウェアの開発会社ですが、実はハードウェアの開発チームも社内に持っているんです。ただ、そこでは世にでるものを開発しているわけではなく、社内で使うための特別なハードウェアやR&D用のロボットを製作したりしているチームで。しかし外部の実績のある会社に頼んで満足のいくものが出来なかった以上、もう自分たちの手でやるしかないだろうと。ほとんどゼロからのスタートだったので、少し時間がかかるなとは思っていたんですが、思っていたよりもかかってしまいましたね(笑)。
モバイル・オーディオ・ワークステーション、CyberStep「KDJ-ONE」
——— てっきり「KDJ-ONE」のプロジェクトは頓挫したのかと思っていました。
佐藤 いえいえ。そういうわけではありません。プロジェクトは休むことなく進行していました。ウチの会社は、何をやるにしても気が長いんですよ(笑)。出来るまでとことんやる。何かのコピーだったらそんなに時間はかからないでしょうけど、こういう新しいものをつくるにはそれなりの時間がかかりますから。
——— ハードウェアの設計をやり直したことによって、問題だった発熱とバッテリーの保ちは改善されたんですか?
佐藤 はい。新しいハードウェアでは、Intel ATOMに替えて定評あるARMプロセッサを採用しました。これにより発熱問題は解消し、約10時間駆動するようになっています。日本からアメリカ西海岸までの飛行機の中で、ずっと作業できるだけの駆動時間ですね。アーキテクチャー的には、前回のハードウェアがネットブック・ベースだったとしたら、新しいハードウェアはスマートフォン・ベースになったという感じでしょうか。OSに関しては前はMeeGoというLinuxベースのオープンソースOSを採用していたんですが、今回はLinuxをベースに、自分たちでカスタマイズしたものを採用しています。その結果、Webブラウザは使えなくなったんですけど、スマートフォンがこれだけ普及したいま、「KDJ-ONE」でWebを閲覧したいという要望は多くないでしょうし、そのあたりは割り切りました。
キーボードの演奏のしやすさやスピーカーを前面に搭載することを考え
筐体デザインを縦長から横長に変更
——— 筐体デザインが横型に変更されていますね。
佐藤 そうですね。ハードウェアの設計をやり直すのであれば、デザインも見直そうということでこういう筐体になりました。前のデザインはゲームボーイ的な感じだったんですが、より楽器的なデザインにしようと。「KDJ-ONE」でこだわっている部分のひとつに内蔵キーボードがあるんですけど、それも筐体デザインが横型になったことによって演奏しやすくなっています。
——— 内蔵キーボードにこだわっているというのは?
佐藤 やっぱり「KDJ-ONE」は、オーディオ・ワークステーションであるのと同時に、“楽器”としても機能してほしいんですよね。すぐに音色を鳴らすことができて、ライブでもプレイすることができる“楽器”。そうなると、キーボードというのは重要なファクターだろうと。iPadアプリのタッチ鍵盤もいいとは思いますが、やっぱりハード・キーボードがあると全然違いますよ。ちなみに新しい「KDJ-ONE」のキーボードは、ベロシティに対応しているのもポイントです。
「KDJ-ONE」を正面から見たところ
右脇から見たところ。金属製のホイールが備わっている
左脇から見たところ。電源アダプター入力端子が見える
——— 横型の筐体になっても、コンパクトさは相変わらずですね。
佐藤 片手で持つことができますしね。それと横型の筐体になったことによって、前は側面に備わっていたスピーカーを前面に搭載することができました。すべての操作子に指が届くことを十分に考慮して、厚みなどを決めています。まぁ、横型の筐体になったと言っても、基本的なデザインは変わってないですよ。
——— その他の変更点は?
佐藤 ハードウェアに関しては、バッテリーで最長10時間の連続使用が可能になり、キーボードがベロシティ対応になったこと以外では、新たにジョグ・ダイアルを追加したりして、使い勝手をより向上させました。加えて、内蔵スピーカーやヘッドフォンの音質も前のハードウェアと比べると良くなっていますね。
——— 「KDJ-ONE」とはどんなガジェットなのか、あらためておしえてください。
佐藤 最大同時発音数64音のマルチ音源と6トラックのシーケンサーを中心としたオーディオ・ワークステーションです。もちろん、ミキサーやエフェクターなどもひととおり入っており、音源はサンプリングして使うこともできます。いちばんの特徴は、それら音楽制作に必要な機能がコンパクト筐体にすべて詰まっていて、キーボードや十字キー、ジョグ・ダイアルといったコントローラー類を両手で操作することにより、ゲームをプレイするような感覚で楽曲をつくれるという点です。サンプリング機能を駆使して、ライブで使用してもおもしろいと思いますよ。
「KDJ-ONE」のスペック・シート(今後、変更になる可能性もあります)
「KDJ-ONE」の内蔵シンセイザー(今後、変更になる可能性もあります)
——— 先ほど、久々に触らせてもらいましたが、内蔵音源がかなり本格的ですよね。
佐藤 そうですね。現在、何人かのミュージシャンの方々にテストしていただいているんですが、みなさん内蔵音源を評価してくださいますね。こういうガジェットって、普通はたくさん入っているプリセットから音色を選ぶという感じだと思うんですが、「KDJ-ONE」のシンセサイズ機能は本当に強力で、2基のオシレーターをFM変調させたり加算合成したりできるほか、フォルマント・フィルターなども搭載しています。それらを両手でゲームをする感覚でエディットできるわけですから、本当に楽しいですよ。
——— シンセサイザーとして見てもかなり魅力的です。
佐藤 加えてサンプリング機能も入っていますから、即興で録音していろいろと加工できる。そして「KDJ-ONE」の場合は、音色をつくったら終わりではなく、そこからシームレスに曲づくりに入れる点が大きいんです。良い音色ができたら、そこからすぐにフレーズをつくっていける。シーケンサーもリアルタイム・レコーディングとステップ・レコーディングの両方に対応していますし、モーション・シーケンス機能も搭載しています。4分音符の分解能も384ティックと十分だと思いますし、いつでもどこでも本格的な曲づくりができるというのが「KDJ-ONE」のいちばんのウリなんです。
ちなみに「KDJ-ONE」の情報が解禁のタイミングで、プロモーション・ムービーを公開する予定なんですが、それに出演してくださったのがスリップノットのシド・ウィルソンなんですよ。彼は前から「KDJ-ONE」のことを凄く気に入ってくれていて、試作機が出来る上がるたびに使ってもらっているんです。彼は「KDJ-ONE」のことを本当に大絶賛してくれていますね。ですからプロモーション・ムービーをつくると言ったら、喜んで出演してくれました。たぶん普通にギャラを支払ったら大変な額になってしまいますよ(笑)。
スリップノットのシド・ウィルソン
スリップノットのシド・ウィルソン
——— タッチ・スクリーンの反応もかなり良いですね。
佐藤 そうですね。サイズは変わってないんですが、パーツを替えたので表示はかなりきれいになっていると思います。5インチのWVGA(800×480)パネルで、マルチ・タッチ操作にも対応しています。
——— もうほとんど完成という感じですか?
佐藤 筐体デザインはほとんどこれで完成ですが、ソフトウェアの開発は現在も続いています。例えば、チップチューンの作曲に特化した機能や、様々なUSB機器への対応、またソーシャル・ネットワークとの連携機能などを追加することも考えています。プリセットの音色やパターンに関しても、第一線で活躍されている多くのアーティストの方に相談しているところで、まだ名前は明かせませんが、DJやゲーム音楽の作曲家、チップチューン・アーティスト、ボカロPといった方々にご協力いただく予定です。ハードウェアは完成しても、中身はまだまだ進化させられると思うので、我々としても「KDJ-ONE」がどんな風に育っていくか楽しみなんですよ。
奥に見えるのはシド・ウィルソンのサイン入り「KDJ-ONE」!
11月下旬にKickstarterでのファンディングがスタート
カラー・バリエーションも用意
——— オーダー受付をキャンセルしてから、ここまでくるのに約2年半かかったわけですが、やはり開発は大変でしたか?
佐藤 ハードウェアの開発というのは想像以上に大変でしたね。例えば試作機をつくって、やっぱりこのパーツではなく別のパーツにしようと思っても、それだけで6週間かかったりするんですよ。パーツの調達にすごく時間がかかりますし、それが液晶だったりすると調整も大変。何をやるにしても時間がかかるんです。現在もキーボードのタッチの調整が続いていたりしますよ(笑)。
——— そしてこの新生「KDJ-ONE」、11月下旬にKickstarterで量産資金のファンディングが行われるそうですね。
佐藤 はい。最初に「KDJ-ONE」をお披露目したのがNAMM Showだったことからもわかるとおり、我々としては日本だけでなく世界で勝負したいんです。それだったら、いま勢いのあるKickstarterを活用するのがいいのではないかと。Kickstarterでは、これまで多くのプロジェクトのファンディングが行われてきましたが、たぶんここまで手の込んだものは無いのではないかと思います。CPUが入って、タッチ・スクリーンが入って、バッテリーも入っているというのは。実はもうKickstarterのスタッフの方に見ていただいたんですが、彼らも“ここまでのは初めてかもしれない”と言っていました。
「KDJ-ONE」を手前から見たところ。左からヘッドフォン端子、ライン出力端子、ライン入力端子、2基のUSBポートを搭載
反応の良い5インチ・タッチ・スクリーン。マルチ・タッチ操作に対応
ベロシティに対応した16鍵の内蔵キーボード
——— Kickstarterでの価格は決まっているんですか?
佐藤 まだ決まってないんですが、出来る限り安くしたいと考えています。ファンディング期間は1ヶ月で、出資者への発送は来年(2015年)半ばになる見込みです。それ以降は、普通に販売します。
——— 出資のバリエーションも用意されるんですか?
佐藤 5色くらいのカラー・バリエーションを考えています。あとは「KDJ-ONE」上で動くソフトウェアを自由に開発できるハッカブル・バージョンも限定で用意しようかなと思っていますね。
——— どれだけ出資が集まるのか楽しみですね。
佐藤 楽しみ半分、不安半分ですね(笑)。開発にかなりの資金を投じてきたので、ここでかなり盛り上がってくれないと困ってしまいます(笑)。
——— 最後に、ここまで諦めずにこのプロジェクトを続けてきた理由をおしえてください。
佐藤 本当の意味でのモバイル・オーディオ・ワークステーションを世に出したいということに尽きますかね。我々が一方的に世に出したいというだけでなく、こういうガジェットを待ち望んでいる人がたくさんいることもわかりましたし。最初にNAMM Showに出展した後の反応は凄かったですし、オーダーもかなりの数いただいて、しばらくWebなどを更新していなかったときも頻繁に問い合わせがありましたしね。“「KDJ-ONE」はどうなったんですか? やめちゃったんですか?”って。2011年1月にお披露目して以来、かなりの年月が経っているのにも関わらず、不思議なことに後追いの製品は出ていないようですし、これは我々ががんばってやるしかないだろうと思っています。
「KDJ-ONE」プロジェクトを牽引するサイバーステップの代表取締役社長、佐藤類氏
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