Think outside the box

Unus pro omnibus, omnes pro uno

デフレの正体

下のグラフは、過去半世紀の円の実効為替レートです。名目では長期上昇傾向にありますが、実質では1980年代以降、100~200のレンジに収まっています。名目為替レートの増価が、相対的低インフレ(日本のインフレ率<海外のインフレ率)で相殺されているためです。1982年と現在を比べると、名目為替レートは2倍強に増価していますが、消費者物価指数の比は30年間年率マイナス2%で低下し続けて約1/2になっているので、実質為替レートは1.1倍にとどまっています。

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「インフレ率が海外よりも2%ポイント低い」ということは、海外のインフレ率が2%を下回れば、日本はデフレに陥るということです。実際、先進国にディスインフレが定着した1990年代後半から、日本はデフレに陥っています(1997年のインフレ率上昇は消費税率引き上げによるもの)。

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長期円高トレンドと相対的低インフレには、

  1. 相対的低インフレなので円高になる
  2. 円高なので相対的低インフレになる

の両方向の因果関係があり得ますが、プラザ合意後、特に1990年代後半からは、2.の「円高→低インフレ(デフレ)」が強いと考えられます。

1985年のプラザ合意後、日本の物価が海外に比べて高くなる「内外価格差」が注目され、「豊かな生活のために内外価格差解消が必要」という主張が聞かれるようになりました。1995年には一時1ドル=80円を割り込む「超円高」によって内外価格差はさらに拡大し、「価格破壊」がブームになりました。

1995年の『国民生活白書』(経済企画庁)では、

85年からの前回の円高期と比較すると,非耐久財(輸入品)は同程度,製品原材料(輸入品),耐久消費財(輸入品)は,今回円高期の方が為替レートの変化が物価指数に反映されやすくなっていることがわかる。

これらの結果は,我が国の経済構造が為替レートの変化を反映しやすいものとなっていることを示している。

輸入浸透度が高まるにつれ価格が低下するという関係が確認できる。

先の「企業行動に関するアンケート調査」(1994年)においても,円高への対応策としてこれまでに逆輸入を行っていると回答した製造業企業は16.2%にのぼっており,今後については27.6%の企業が逆輸入を行っていくとしている。 

逆輸入は海外直接投資を伴うものであり,これによって実現された価格低下は今後も持続する構造的なものと考えられる。

と、為替レート→物価の方向が強まったことが指摘されています。

割高な内外価格差解消には、

  1. 価格破壊(相対的低インフレ/デフレ)
  2. 円安

の二通りがあり得ますが、当時の議論が奇妙だったのは、円安が俎上に載らず、価格破壊が肯定的に取り上げられていたことです。日本は変動為替相場制なので、内外価格差が大きいことは、「日本の物価が高過ぎる」ではなく「円相場が割高過ぎる」に他ならず、その調整は円安によるべきです。しかし、当時の日本人は「円安による内外価格差調整」という当たり前のことを考えられなくなっていたのです。

Meltzerは1999年12月の『金融研究』(日本銀行金融研究所)で、

実質為替レート―― 国内外の物価水準の格差で調整された市場レート―― は世界経済における日本の競争力を回復するために変化しなくてはならない。したがって、問題とすべきは実質為替レートが変化するかではなく、どのように変化させるかとの点である。

主要各国がインフレを引き起こすという願望はさておくとすると、賃金と物価の下落は為替レートの減価と代替的である。他の代替的手段は存在しないのである。近隣諸国や貿易相手国に大きなコストがかかるとして為替レートの減価に反対する人々は、日本のデフレーションもまた日本の貿易相手国や近隣諸国、そして日本国民にとってコストが大きいことを認識するべきである。過去10年間の経験に裏打ちされた私の見解からは、為替切り下げは日本やその近隣諸国の経済的繁栄の回復のために、より安価で、より早い方法であると信じる。

と、日本はデフレではなく円安を選択すべきであり、外国の反対はデフレを選択する理由にはならない、と述べていました。しかし、下のグラフは、1990年代半ばまでは生産性上昇率≒賃金上昇率だったものが、それ以後、生産性上昇率>賃金上昇率≒0に構造変化したことを示しています*1Meltzerのアドバイスとは逆に、日本は賃金と物価の下落を選択したのです。

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慰安婦問題と同じで、多少損しても内々に処理するほうが、外国に騒がれるよりまし、言い換えると「外国の反発を避けるためには自国の毀損も辞さない」という異常心理がデフレの根源にあったことを直視する必要があるでしょう。「多少の損」では済まなかったわけですが。Meltzerの警告通り、「国民にとってコストが大きい」選択でした。

朝日新聞だけを責めればよいわけではありません。


日独財政の違いを生んだ為替レート変動 - Think outside the box

*1:対数化しているので、傾きが上昇率を表す。