執筆者 | 山口 一男 (客員研究員) |
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ディスカッション・ペーパー:11-J-069 [PDF:512KB] |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)
わが国の経済活動での男女共同参画は遅々として進んでおらず、経済先進国中最下位の状態にある。また女性の人材活用の要であるワーク・ライフ・バランス(WLB)の概念も、言葉こそ以前より普及したが、従業者福祉の推進に関心のある人々により「換骨奪胎」の解釈をされてしまったためか、わが国の多くの企業には「WLBは余裕のある企業の従業員福祉だ」などと、本来の趣旨とは全く異なる理解が蔓延(注1)してしまっている。このため、大企業を中心とした一部の企業以外全くWLBに関する制度や取り組みは普及せず、また育児介護支援の取り組みをしている企業にも、欧米の状況とは全く反対に、WLB推進が職場の生産性に「マイナスの影響を与えた」と評価する企業が少なからず存在する、といった現状がある。
そういった現状理解のもとに、本稿においては、企業のWLBへのさまざまな制度や取り組みのあり方について、企業をいくつかの型に類型化したとき、どのような型の企業のパフォーマンスが高く、また女性の人材活用に成功している企業はどのような他の特性を持つのかという問いへの答えを実証的に明らかにしようと試みた。
本稿の主たる実証分析は経済産業研究所が2009年に実施した『仕事と生活の調和(WLB)に関する国際比較調査』の対象となった従業員数100人以上の日本企業のデータに基づいている。結果を表す主な変数は正社員1人当たり、および週労働時間1時間当たりの売上総利益(粗利)であり、理論的には企業の生産性と市場における商品・サービスの競争力・販売力の両方を反映する企業のパフォーマンスの尺度である。
これらの分析結果により得られた知見の主なものは以下である。まず企業のWLBに関する制度や取り組みの類型化の結果は、6種の類型があることが判明した。筆者はその特性により(1)「ほとんど何もしない型」、(2)「育児介護支援成功型」、(3)「育児介護支援無影響型」、(4)「育児介護支援失敗型」、(5)「柔軟な職場環境推進型」、(6)「全般的WLB推進型」と名付けた。(2)(3)(4)は育児介護支援を中心に推進している企業、(5)は「短時間勤務制度」「フレックスタイム勤務制度」「裁量労働制」「在宅勤務制度」など柔軟に働ける職場の推進を主にしている企業、(6)は両方推進している企業である。結果は(1)の「ほとんど何もしない型」が大多数で約70%を占める。「育児介護支援型」のうち「成功型」「無影響型」「失敗型」は法を上回る育児休業・介護休業の提供に対し企業の人事担当者が職場の生産性に対しそれぞれ「プラスの影響がある」「影響は無い」「マイナスの影響がある」と評価したことによる違いで、「無影響型」が相対的に最大だが、「失敗型」が「成功型」を数の上で上回り、育児介護支援を生産性向上に結びつけることになかなか成功していないわが国企業の現状が浮かび上がった。
次に分析したのが、1人当たりおよび時間当たりの粗利で見る企業の生産性・競争力への企業の型の影響である。他の主な決定要因を一定として、「全般的WLB支援型」と正社員数300人以上の「育児介護支援成功型」は「ほとんど何もしない型」に比べ、生産性・競争力が高いことが判明した。続いてこの2つのタイプが人事管理上他の企業とどう異なるかを、調査している8項目の人事管理の指針との関連で調べたが、このうち「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」点で、上記のパフォーマンスの高い2つの企業の型は非常に優れ、また「育児介護支援型」のうちの「成功型」「無影響型」「失敗型」の主な違いは女性人材の活用を男性と同等に重視しているか否かの程度と強く関連し、「成功型」は女性の人材活用を重視し、「失敗型」は相対的に女性の人材活用を軽視しており、「無影響型」はその中間であるとの実証的結果を得た。
また、企業の型以外に、女性人材の活用に関する特徴が、企業のパフォーマンスにどう影響するかもあわせて分析し以下の結果を得た。(1)男性正社員の場合と異なり企業への女性正社員の生産性・競争力への貢献はその学歴構成に全く依存せず、平均的には日本企業は高学歴女性の人材活用に失敗していること。しかし(2)正社員の女性割合を一定とすると管理職の女性割合が大きい企業ほど、つまり女性正社員の管理職昇進機会が大きい企業ほど、時間当たりの生産性・競争力は増加する傾向が見られること。また(3)管理職の女性割合の高い企業ほど、女性正社員の高学歴化が企業の時間当たりの生産性・競争力を高める傾向も見られること。これらの結果、管理職の女性割合の大きいことが、女性人材、特に高学歴女性の人材の活用の成功と強く関連していることが判明した。
しかし今回分析対象となった従業者数100以上の企業において、わが国は未だ「全般的WLB推進型」企業は3.5%、正社員数300以上で「育児介護支援成功型」企業は1.6%と共に極めて少なく、管理職の女性割合も10%以上の企業は7%、20%以上は2.7%と未だ極めて低い。つまりこれら少数の企業は女性の人材活用に成功し、企業のパフォーマンスを高めているが、大多数の企業はこういった女性の人材活用を全く「やらない」状態にある。野球でいえばこれは「空振りの3振」でなく、「見送りの3振」である。これでは進展はありえない。このような現状を打開するには、女性の人材活用成功企業の特性を学びつつ企業が制度改革を積極的に推進し、また政府もその積極的改革を支援する取り組みをする必要がある。論文(特に、4.2 政策インプリケーション)ではその具体策も議論している。
脚注
- わが国でWLBの概念を普及させたり、WLB憲章の設立に努力した学者や専門家の方々(たとえばパク・ジョアン・スックチャ、大沢真知子、佐藤博樹、樋口美雄、八代尚宏の各氏や筆者)は、誰一人としてWLBを従業者福祉の問題とは考えず、雇用者の生活と仕事の調和の達成が、企業経営上も多様な人材を生かすことに結びつき、経済や社会を活性化させると考え、そう紹介してきたにもかかわらず、それと全く異なる理解が社会に普及している現状が存在する。