「投球過多」の問題についていろいろ考えていきたいと思うが、その前に「本人がいいと言っているならいいじゃないか」的な意見は、問題外の暴論であることを明らかにしておきたい。
高校野球での「登板過多」「酷使」の問題で、必ず出てくるのは、
「本人が“ここで潰れても構わない”と言っているのなら、それはそれでよいのではないか」
と言う意見だ。全くの暴論だと思うが、この見方を支持する人は驚くほど多い。
高校野球は「クラブ活動」であり、教育の一環である。スポーツに親しみ、健康的な生活ができるようになるために行うものだ。
何度も出して恐縮だが、日本学生野球憲章には
第2条(学生野球の基本原理)
⑥ 学生野球は、部員の健康を維持・増進させる施策を奨励・支援し、スポーツ障害予防への取り組みを推進する。
と定めている。学生野球は、教育の一環だから当たり前の条項だ。
スポーツ障害とは、「スポーツ(運動)をすることで起こる障害や外傷などの総称」だ。投球過多などの酷使によって、以後、野球ができなくなる、投球ができなくなることも、スポーツ障害に当然含まれる。
「潰れても構わない」と言うのは、「スポーツ障害を負っても構わない」と言うことだ。
本人がそう思うことは、学生野球憲章の考え方から外れている。また指導者がこれを看過することは、自身の義務を果たしていないことになる。
愛媛済美の故上甲正典監督は「日本の伝統ある高校野球に球数制限はそぐわない」とし、
「あの子たちには『いま』しかないんです。それを高いところから、冷静な判断で取り上げることは、私は高校野球の指導者じゃないと 思います。止めたことで彼らに一生の悔いが残るかもしれない。もちろん2、3回戦なら投げさせません。でも決勝になれば、 私は投げたいという本人の意思を尊重してやりたい」
「球数の問題はプロでもよくいいますね。でもそれは日本の伝統ある高校野球にはそぐわない。肉体の限界を精神力で乗り越える。 武士道精神のような厳しさもまた高校野球だと思います」
と言った。
亡くなった方を批判するのは忍びないところだが、上甲氏はスポーツの意味も、学生野球の意義も全く理解していなかったといってよい。今どきの人ではなかった。
すべての教育は、子どもの未来のために行うのだと言うことを考えれば、生徒と一緒になって指導者までもが「今しかない」と思うのは、嘆かわしいことだと思う。
高校野球の代表的な指導者に、こういう考えの持ち主がいるのだから、選手やファンがそう思うのは仕方がないとは思う。しかし、繰り返すが、それは間違った考え方だ。
高校生は、大人ではない。本人の判断を100%尊重することはできない。自主性は重んじるにしても、その判断が適正でなければ大人の指導者がそれを矯正し、良い方向へ導かなければならない。
さらに言えば、指導者は、高校生が「潰れてもいい」と決心せざるを得ないような状況を作ってはいけない。
例の軟式野球の準決勝で言えば、延長15回を何日繰り返しても「投げようと思えば投げることができる」状況だったから、松井大河も石岡樹輝弥も投げることを選択したのだ。
指導者、そして主催者側がこれに歯止めをかけるような措置をしていれば、彼らがそんな決心をしなくてもすんだのだ。
主催者側の「想定外だった」というコメントは、当事者としての責任、能力が欠如していたことを意味する。
これでは、高校生たちが寄り集まって草野球を延々やっているのと同じである。
たくさんいた大人は何をしていたのか、と言いたい。
ファンが「これで潰れても構わない」と言う考えに共感するのは勝手だが、そのプレッシャーが選手に危険な選択をさせるとすれば、問題がある。
「学校のために」「郷土のために」選手生命をかけて戦え、と周囲が言うのは無責任だ。
「お国のために戦え」「死んで来い」といった昔の人と同じだ。
大学野球、社会人野球、プロのレベルになると「ここで潰れても構わない」というコメントはめっきり少なくなる。
プロ選手がインタビューなどで口にすることはあるが、それはリップサービスである場合が多い。
多くの選手は、成人して分別がつくとともに、高校時代の「潰れても構わない」と言う思いが浅慮だったことに気付くはずだ。
「高校野球では、本人がここで潰れても構わない、と思ったのなら、何球投げても良い」
という意見は学生野球の本分にもとる、あやまった考え方だ、と改めて言っておきたい。
ただし、「潰れてもいいからいけ」と選手を送り出す指導者が心の中で「5日で1000球くらい投げても、絶対に潰れるはずはない」と確信を持っているのなら、話は変わってくる。
アメリカでは「クレイジーだ」と言われる球数が、日本では「大丈夫」なのならぜひともその秘訣を公開してほしいと思う。
そのことについては稿を譲る。
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話が面倒な方向になってきたから、そう言うしかない。