2014-09-07 日欧で考慮が必要な「固体経済」

現在の日本経済は政府債務急増とデフレの板挟みに苦しんでいます。
最近ではユーロ圏までもが「日本化」に苦しみだしたようです。
これらに良い処方箋を考えるのに、これまでの経済学の枠組みはかえって邪魔になっているのではないでしょうか。
これまでの経済学は無意識にインフレ状態を前提に組み立てられていました。
それも無理のないことで、現代日本のデフレは金融史にも例を見ない連続長期デフレで、大半の国はデフレに陥ることがあっても、わずか数年でデフレを脱却していました。
ところが、リーマン・ショック後は、日本だけでなくユーロ圏で政府債務危機が起きたPIIGS諸国などでもインフレ率が徐々に低下してきました。(図表1) その結果、インフレ状態を前提に組み上げられた経済学では対応困難な状況が見られるようになっています。
PIIGS諸国でも物価の低下がみられる
図表1 日本とPIIGS諸国の物価水準
出所:IMF
1998年以来デフレが続いた日本ではアベノミクスにより、インフレ転換が近いところまで物価水準が上がってきたのと対照的に、PIIGS諸国では物価が下がり、特にギリシャではCPIがマイナス1%近くにまで下がりました。
PIGGS諸国では、欧州中央銀行(ECB)による大規模な金融緩和が実施されると同時に、債務問題沈静化のため緊縮財政が続けられています。
ただ、物価がデフレ水準まで下がってしまえば企業の投資意欲は失せ、企業が持ちたがらない債務を政府が持たざるを得なかったこの20年の日本と同じ「日本化」の懸念が出てきます。
この回答がないかに見える欧州の日本化ですが、その原因は各国首脳が通常経済(ここでは流動性が確保されていることから液体経済とよびましょう)の処方箋でしか対処していないために思えて仕方がありません。
デフレや恐慌、あるいはバブル崩壊後の経済(こちらは流動性が乏しいことから固体経済とよびましょう)ではまるで別の経済法則が成り立つと考えると、意外と簡単に処方箋は見つかるのではないでしょうか。(図表2)
「固体経済」状態では通常の経済学は無効
図表2 液体経済と固体経済
液体経済も固体経済も筆者の造語です。
図表2で通常の経済状態、つまり液体経済と危機時の経済状態、つまり固体経済の違いを対比しました。
液体経済でも不況はありますが、その原因は予期せぬ在庫の積み上がりなどによるもので、循環的に不況は解消します。
一方固体経済にあっては、不況は解消することがありません。
ふたつの経済は別の相(phase)ですが、CPI=1%、あるいはGDPデフレーター=0%あたりで相転移すると考えられます。
しかし、一旦固体経済に陥ると、いわゆる流動性の罠の中に入ってしまい、通常の金融政策では民間に資金を供給することができなくなります。
民間の経済を考えてもふたつの経済状態では大きく異なっています。
液体経済では、経済成長の制約は供給側にあり、技術革新などで供給側を伸ばせば経済は成長します。
一方、固体経済ではいくら技術革新があっても、人々は将来の値下がりを予想し、貨幣を好みますので経済成長は限定的です。
また供給制約のある液体経済では不足しているのは商品・サービスですから、それらの量を測る実質GDPを伸ばすことが重要ですが、需要が不足している固体経済では、物量を測る実質GDPよりも、貨幣の動きを測る名目GDPの方が重要な経済指標となります。
不換紙幣を使用している現代の経済ではマネーの量に見合う債務を誰かが持つ必要がありますが、固体経済状態では企業は債務返済を急ぎますので、政府が債務を負わざるを得なくなります。その結果として政府債務は急増します。
消費税増税などにより固体経済状態で政府債務を減らそうとするとすべての経済主体が債務を持とうとしない結果、経済は縮まざるを得ず、経済縮小を避けるとしたら、政府が受動的に財政出動し政府債務は意図とは逆に急増するでしょう。
液体経済では株や不動産、商品などにも資金が向かいますが、固体経済では実体経済に適当な投資先は少なく国債に資金が向かうでしょう。
また重要な経済指標である失業率についても、液体経済では自然失業率近辺で失業率が推移するのに対し固体経済では企業の設備と共に労働力にも余剰が発生し、失業率は高止まりするでしょう。
このようにふたつの経済状態を対比して考えてくると、液体経済で発展した経済手法を固体経済にそのまま適用すれば好ましくない結果が帰ってくることは想像に難くありません。
先述の通り、固体経済では政府債務は増えがちですが、緊縮財政はそれを悪化させるでしょう。
固体経済での正しい処方箋としては、金融政策と財政政策を同時発動する財金併用です。
財金併用により名目GDPを増やせば、税収が増えると同時に財政状態の指標、政府債務対名目GDPの分母が大きくなるので、財金併用で経済成長(成長の指標は名目GDP)させれば政府債務問題は自ずと氷解するでしょう。
なお、過去の固体経済状態では、意図してかどうかはともかくとして、通貨発行主体が財源となるいわゆる財政マネタイズにより固体経済からの脱却した事例が数多く見られます*1。
液体経済を基準に発想する経済学者では財政マネタイズを一顧だにしない人が殆どですが、固体経済は液体経済と別の経済だと考えればインフレを起こすことが必要な経済状態には財政マネタイズも選択肢とすることが当然ではないでしょうか。
shavetail1
2014/09/07 00:05
ここで書いた固体経済に相当する経済状態を、「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」の著者向井文雄氏は「重不況」と呼んでいます。