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 弱小チームが個性的な名指導者により活気を取り戻し、勝利に向け一丸となる――。ドラマではよくある筋書きだが、現実に起こりうるのか。桑田真澄さんが東京大野球部の特別コーチとなって1年半余。東京六大学野球で連敗記録更新中の東大を泥沼からどう引き上げるのか。秋季リーグ戦開幕を前に桑田さんに聞いた。

 ――「76連敗」という現実をどう受け止めますか。

 「東大野球部は1981年春のリーグ戦では4位になり、『赤門旋風』を巻き起こしたこともある。成績だけを見れば『最近の東大は何をやっているんだ!』と言われても仕方がない。だけど、東大には他大学のようなスポーツ推薦枠や、甲子園に出場するような系列高校はありません。他大学に入部してくる選手と東大の選手との力量差は、以前よりもさらに広がっている。そういう現実も見る必要があります」

 ――東大の選手たちに、どんなアドバイスをしているのですか。

 「昨年1月から、月数回のペースで教えています。最初に伝えたのは『常識を疑う』ということです。戦後の野球界は『ひたすら時間をかけ、死にものぐるいで多くの練習をこなせば強くなれる』という考え方に支配されてきました。その背景にあるのは『気合と根性が勝敗を決する』という精神論です。東大もその例に漏れず、すごい量の練習をしていました。『他大学が5時間練習していたら、僕たちはその倍やらないと勝てない』というのが部員たちの言い分です。でも、それで実際に強くなれたのか」

 ――実力差を少しでも縮めるには、やはり練習しかないのでは?

 「最初の1カ月間、東大野球部の練習をじっと見ていました。例えばランニングでも、50メートルダッシュを20本とか持久走とか、数多くのメニューをこなしている。だけど、どれ一つとして全力でやっているようには見えなかった。量が多すぎて体力が続かないからです。だったら50メートルダッシュを8本だけ、集中してやった方がずっと効果的です」

 「僕がPL学園にいた頃も、最初は長時間練習でした。だけど、1年生の夏に全国優勝した後、僕が提案して1日3時間の練習にしたんです。監督には『野球をなめているのか!』と怒られましたが、『僕らの目標は投げ込みや走り込みではなく、甲子園で優勝することのはずです』と説得しました。当時のライバル校は僕らよりもずっと多く練習していたと思いますが、『打倒PL!』で気合を入れ過ぎ、肝心の試合の時にはくたくた。一方、僕らはいつも万全の体調で試合に臨めた。そうして春夏計5回、すべての甲子園に出場できました」

 「東大の部員たちにもしょっちゅう、『練習はさっさと終えて、余った時間で勉強したり恋愛したりしろよ』と言っています。恋愛すれば、『この言葉で彼女の表情が変わった。怒っているのかな』などと、相手の気持ちを理解しようと努めるでしょう。それが、試合で対戦相手の心理を読む練習にもなるんです」

■現状を把握せよ

 ――だけど、練習量を減らすだけでは強くなれないでしょう。

 「もちろんです。次に教えたのが自分の現状を正確に把握すること。そして『選択と集中』です」

 「僕はピッチング中心に教えていますが、東大の投手は研究熱心で、変化球も4種類も5種類も練習しています。だけどストレートの球速はせいぜい120キロ程度ですから、変化球は100キロぐらい。いくら変化しても、打者は怖くない。ならば、コントロールで勝負するしかない。それが『学ぶべき技術の選択』です。打者が最も嫌うアウトロー(外角低め)に自在に決められれば、球速がなくてもそうは打たれない。体格に恵まれない僕が、プロで173勝できたことが何よりの証拠です」

 「現状把握のために投手たちにブルペンで投げさせたら、アウトローを狙っても、10球のうち2球決まればいい方でした。実戦で決まるのはその半分でしょう。試合ではとても通用しません」

 ――選手としての元々の力量が高くない以上、コントロールがよくないのも仕方がないのでは?

 「それは違う。練習量が不足していたからです」

 ――さっき「練習量を増やすのは逆効果」と言われたばかりですが。

 「大事なのは無駄な練習を省く一方で、必要な練習に体力と気力を集中させることです。実際にブルペンで何球投げているか、投手たちに記録させたら、月に300球前後でした。1日あたりわずか10球で、上達するわけがありません」

 「選手たちは『ブルペンだけじゃなくて遠投などもしている』と主張しましたが、投手と野手の決定的な違いは、マウンドという傾斜のある場所から投げることです。平地で投げる余力があるならば、傾斜のあるブルペンで一球でも多く、バランスを取りながら投げる練習をしないと制球力はつかない。月に600球はブルペンで投げるよう指示しました。投げる時にも、なぜアウトローに球が行かないのか。どういう体の使い方をすればいいのか。常に考え、感じ取るよう指導しています」

 「投球術についても、野球界には『両肩は地面と平行にする』『ボールを持つ手をできるだけ早く高く上げてトップをつくる』など、さまざまな『間違った常識』がある。僕は中学の頃からそれを疑い、試行錯誤を重ねてきました。マウンドでは誰も助けてくれない。自分の体を自分で微調整し、思った所に投げられる技術を身につけることで初めて自信が持てるし、実際に相手を抑えられる。気合と根性だけでは無理なんです。長時間練習や非合理的な投球方法という『野球界の常識』をうのみにしていたら、プロで活躍する前につぶれていたと思います」