2014-09-06
■[報道][戦争][近現代][ネット]「(池上彰のななめ読みコピペ)従軍慰安婦検証」
朝日検証からずっと書きつづけていたことだが、ちょうど池上彰コラムがわかりやすいので全文を引いてみる。
過ちがあったなら、認めるのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを認めるなら、訂正もするべきではないか。
日本政府は、1993年8月4日に、「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題し、自国の過去の慰安婦認識を検証しました。これを読んだ私の感想が、冒頭のものです。
翌5日付紙面で、読売新聞の社説は、官房長官の談話について、「彼女たちの名誉回復のためにも、事実を公表したのは当然のことだ。」と書いています。これは、その通りですね。
しかし、今頃やっと、という思いが拭い切れません。今回の検証で「戦地においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられたことは明らか」と判断した制度を開始してから60年も経つからです。
*
今回、「官憲等が直接」と判断したのは、ジャワ島の事件。幹部候補生隊の将校によって、オランダ人と混血女性約35人が「女性たちが意思に反して慰安婦にさせられている」と1944年4月にオランダ人リーダーが訴えました。前後に別の収容所でも軍人が直接に募集しました。
これらについて今回、「内閣官房長官談話」と題し、「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と書いています。裏付けできれば認める。当然の判断です。
ところが、この事件が国内外に知られたのは、45年前のことでした。48年、オランダが、日本軍将校たちをBC級戦犯裁判で裁いたからです。
こういう判決が出たら、記録を保存するのが官僚のイロハ。しかし1962年の法務省の調査で「終戦後(慰安所を戦争犯罪の対象に問われないよう)軍から資金をもらい、住民の懐柔工作をした」と共同通信は書きます。この時点で、強制連行の信憑(しんぴょう)性は強く固まったはずです。政府委員はなぜ「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のよう」と答えたのか。今回の報告では、その点の検証がありません。検証報告として不十分です。
検証報告は、「強制連行」と「奴隷狩り」との混同について書いていません。「強制連行」は、さまざまな手段で国家のため労働力を動員したもの。奴隷狩りとは別物です。75年の共同通信は、騙されて慰安婦にさせられたことを強制連行と表現していました。
これについて石原信雄へのインタビューでは「私どもは通達とか指令とかという文書的なもの、強制性を立証するような物的証拠は結局見つけられなかったのですが、実際に慰安婦とされた人たち16人のヒヤリングの結果は、どう考えても、これは作り話じゃない、本人がその意に反して慰安婦にされたことは間違いないということになりました」と答えています。
ところが、後の河野談話検証では「聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については,聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており,聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」と書いています。ということは、ヒヤリング以前に強制を認めていたということです。その時点で、どうして証言以外の証拠を主張しなかったのか。それについての検証もありません。
河野談話では、民間の業者についても触れ、旧日本軍は直接あるいは間接にこれに関与した、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったと書いています。問題は国家と軍隊の過ちです。下請けを引き合いに出すのは潔くありません。
今回の検証は、自国の制度の過ちを認め、国民に報告しているのに、認識の訂正がありません。せっかく勇気を奮って新たな認識を出したのでしょうに、お詫(わ)びどころか訂正もなければ、試みは台無しです。
政府の認識が間違っていたからといって、「慰安婦」と呼ばれた女性たちの総数がわからないことは事実です。管理していたはずなのに資料が残っていないのは大事なことです。
でも、国家は、事実の前で謙虚になるべきです。過ちは潔く認め、訂正する。そして謝罪する。これは人と人との関係であっても、民主主義のモラルとしても、同じことではないでしょうか。
朝日新聞は下記コラムの掲載を拒否したことで批判され、これくらいならば掲載されて当然だという反応を見聞きした。
そこで現在、日本政府や歴史研究で明らかにされた範囲で、コラムを改変してみた。細部の説明と資料は下記のとおり。
「認めるなら、訂正もするべき」……1997年の朝日新聞特集が訂正でないという池上彰理論にもとづく。私個人は河野談話によって政府認識の訂正はある程度までおこなわれたと考える。
「いわゆる従軍慰安婦問題について」……河野談話と同時に出された、内閣官房内閣外政審議室の報告書。http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf
「翌5日付紙面で、読売新聞の社説」……この他、Apeman氏が当時における各紙の論調を紹介している。http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130804/p2
「60年」……日本軍が慰安所を開設した1932年から1993年までの期間、そこから念のため1年間を引いた。
「ジャワ島の事件」……スマラン事件として知られる強制募集事例。なおジャワ島全体では200人から300人が慰安婦にされたとされ、関係者の立場もふくめ、吉田清治証言を超える規模。http://www.awf.or.jp/1/netherlands.html
「記録を保存するのが官僚のイロハ」……願望。国家の責任が問われる時、しばしば破られる。
「1962年の法務省の調査」……2014年3月、林博史教授の研究にもとづいて報じられた。あくまで他紙と同じくらいの検証不足であった朝日報道を、積極的な隠蔽に改変するのは、ややバランスが悪いか。http://www.47news.jp/CN/201403/CN2014032201001850.html
「信憑(しんぴょう)性は強く固まった」……裏づけ提供を断られただけで信用できなくなったと報じるべきという池上彰理論。それをゆるすならば、これくらいの表現もゆるされるだろう。
「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のよう」……1990年の政府委員による答弁。軍の関与の良し悪しを論じる以前に、あらゆる関与そのものを否認していた。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120822/1345590278
「75年の共同通信」……複数紙に配信され、第1面で確認できる記事だった。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140515/1400166154
「石原信雄へのインタビュー」……アジア女性基金サイトに掲載されているもの。http://www.awf.or.jp/2/survey.html
「ヒヤリング以前に強制を認めていた」……実は河野談話に「強制連行」という言葉は用いられていない。前述の石原信雄インタビューには出てくる。
「後の河野談話検証」……検証に反対した人々だけが読みこみ、検証が河野談話をくつがえせる内容と信じる人々は読んでいない、不思議な報告書。http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/06/20/20140620houkokusho_2.pdf
「問題は国家と軍隊の過ち」……しばしば選挙権すらなかった民間人と、軍事力をもって支配していた帝国。朝日新聞と他新聞の関係から改変するのは、これもバランスが悪いか。
「引き合いに出すのは潔くありません」……事実究明というかたちでなら記述するべきと思うが、あえて池上彰コラムそのままの表現を用いた。
「お詫(わ)びどころか訂正もなければ、試みは台無し」……河野談話は慰安所制度について謝罪している。過去の政府認識が誤っていたことについては、明示的な検証や訂正や謝罪をしていない。
「管理していたはずなのに資料が残っていないのは大事なこと」……イロハ破りの一例。残っていないこと自体が問題だが、なぜか日本政府批判への反論に持ちだされる。
改変の巧拙はさておいて、コラムの要求水準が理解してもらえただろうか。
いくつか疑問符をつけた*1コラムよりは、重要な論点にしぼれているつもりである。それでも日本政府の立場は、朝日新聞の立場に遠くおよばないままだ。
そう、朝日検証では不充分だという意見が水準になるのなら、歓迎できることだと私は一貫して主張している。私個人は1995年段階の学問上の通説に依拠しており、超える必要のない水準という理由もないではない。
しかたなく未発達な先行研究をふまえたことをもって情報媒体としての価値を否定できるならば、従軍慰安婦問題において日本軍の責任を少しでも否認する唯一の歴史学者まで否定される。それでも私個人はかまわないと思っているが。
朝日検証以降、マスメディアもインターネットも朝日批判するそぶりでデマを流す競争をしている件について - 法華狼の日記
朝日新聞よりも歴史学における見解を重視するのであれば、それはそれで良いのだが。
不安なのは、その水準に遠くとどかない人々が、それを課すことで自身が優勢になると考えているらしいこと。水準の高さを理解できているのかどうか、不安なわけだ。
現時点で、明示的かつ自発的に自社記事を撤回したのは朝日新聞くらい。それでも不充分と主張する他紙は、あたかも自紙より朝日新聞が信頼されるようつとめているように感じられる。
ところで池上彰自身は、東京スポーツのインタビュー記事で下記のように答えているという。
池上彰氏 朝日に最後通告「猶予は1か月です」 | 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社
「慰安婦報道でのこれからの朝日の報道姿勢をしっかり見極めてから判断するということです。私のコラムは明日、明後日に掲載されるものではありませんから。月1回の連載なので、1か月近く期間があることになります」
コラムの掲載拒否については朝日から謝罪を受け入れたが、本意はそこではない。池上氏がコラムであくまで主張したのは「慰安婦報道に過ちがあったにもかかわらず、読者に対して謝罪の言葉がない」こと。つまり、次回の掲載までに読者への謝罪がなければ、池上氏のコラムはなくなることになるだろう。
産経、読売、毎日といった大新聞はもちろん、共同通信といった通信社、かつて所属していたNHKも吉田清治証言を肯定的にとりあげていた。しかし現在まで訂正したのは朝日のみであり、他は謝罪どころか訂正もしていない。
慰安婦、NHKも男性の証言放送 91年のニュースで - 47NEWS(よんななニュース)
慰安婦連行証言、92年から疑問 共同通信は7回報道 - 47NEWS(よんななニュース)
このインタビュー記事が事実なら、しばらく主要メディアに池上彰が登場することはなさそうだ。もっとも、東京スポーツ記事の事実性が信頼できるかどうかも微妙なところだが。
ゆいいつ訂正したが謝罪がないとして連載降板を考慮しているのに、東京スポーツのインタビュー記事にこたえるという見識は、なかなか不思議なものがある。